2008.09.14

おばあちゃん、大好き。「西の魔女が死んだ」

 今月4冊目は梨木 香歩著「西の魔女が死んだ」です。先日映画が公開されたので、そちらでご存知の方も多いでしょう。
 主人公は中学生のまい。彼女は学校に馴染めず、登校を拒否するようになってしまいます。そこで英国人である祖母のもとにしばらく一緒に過ごさせてもらうことに。そこでのおばあちゃんとの交流をゆっくりと描いた作品です。彼女との生活の中で次第に気持ちが前向きになっていくまい。ところが、家族の元に戻る直前にちょっとした事件が起きて...。
 「最後の3ページ、涙があふれて止まりません」と紹介文に書いてありましたが、決して言い過ぎではないです。私もホロリと来ました。久しぶりに「優しい」気持ちになれるいい作品を読みました。文句なしにお勧めの一冊です。


映画も見に行けば良かったかな。

2008.09.13

メール、その効能と罪。「きみのためにできること」

 9月の3冊目は村山 由佳著「きみのためにできること」。主人公は東京で音響技師として奮闘する青年、高瀬俊太郎。彼は高校時代に映画コンクールが佳作で表彰された際に賞状を手渡されたキジマ氏に憧れ、いつか彼と仕事をすることを夢見て日々奮闘しています。彼には房総勝浦に5年間付き合っている恋人日奈子がいるものの、なかなか休みがとれずに会えない日々が続いています。そんな2人を結ぶのがメール。お互いに励ましあい支えあう、ささやかな癒しの言葉。ところが、彼は旅番組の制作でチームを組んだ女優の鏡耀子に引き込まれていってしまいます。それを自覚した時、彼は日奈子を傷つける致命的なミスをしてしまい...。


きみのためにできること...重いタイトルですね。

 この作品で印象的なのは小道具としてのメールです。言葉にするのは恥ずかしいことでも、メールならば伝えやすいという面には共感するところあり。確かにメールは相手を束縛しないいいツールです。しかし一方では相手の顔が見えないため、気持ちが揺れやすいのは否定できません。やはり本当に伝えなければならないことは直接会って伝えるべき、伝えなければならないのだと思いました。ただ、それにはいかに勇気がいるかということも、ここには示されています。
 面白い作品でした。後半の主人公と日奈子がすれ違い始めてからの展開に引き込まれ、一気に最後まで読破しました。その後二人がどうなったのか、非常に気になります。

2008.09.07

三者三様の思い「サマータイム」

 日曜の午後は天気が不安定だとのことだったので、出歩きは避けて読書タイムに。あまり長編だと読み入ってしまうので、比較的短い作品を選びました。佐藤 多佳子のデビュー作「サマータイム」です。この著者の作品は「しゃべれども しゃべれども」「黄色い目の魚」を読んでいますが、登場人物の性格がさっぱりしていることと、展開のテンポの良さが魅力です。期待してページを開きました。
 ストーリーは姉弟とその友人のそれぞれの喜び、悲しみ、そして友情。短編の4部作ですが、それぞれの章で一人称視点で描かれているので一つの出来事、登場人物の気持ちを多面的に見られます。こういう書き方は「黄色い目の魚」でもありましたけど、短い分だけそのプロトタイプ的な作品だと思えました。


黄色い目の魚のプロトタイプ?

2008.09.06

忘れ去るのは容易ではない「MISSING」

 9月の1冊目は私のお気に入り作家、本多 孝好著の短編集「MISSING」。助けてくれた少年に自殺する理由を話す教師を描いた「眠りの海」。影のある妹の友人に潜む闇を浮き彫りにした「祈灯」、祖母に頼まれある老人の身辺を調べることになった「蝉の証」、奔放な従姉との交流を描いた「瑠璃」、久しぶりに逢った友人に打ちあけられた「彼の棲む場所」の五編です。
 この短編集に共通するのはタイトル通り、登場人物が皆「何かを失っている」こと。「死」をきっかけに、決して癒されない傷をもって生きていく主人公たち。彼らがそこから解き放たれる日は来るのだろうか?


どの主人公もこの著者特有の「醒め」が認められます。

2008.08.24

再生の過程で...「すぐそばの彼方」

 今週の一冊は白石 一文著「すぐそばの彼方」。前回読んだ「一瞬の光」がよかっただけに、今回も期待してページを開きました。主人公は大物代議士の次男、柴田龍彦。4年前に知り合いから金を騙し取るという不祥事を引き起こし、精神に変調をきたしてからの復活の過程を追っています。彼は父の政治闘争に巻き込まれ、色々なことを考えつつ徐々に自分を取り戻す内に、人生に本当に必要なものに気づく...というもの。
 政治の裏側も生々しく描写されていて、考えさせられる場面も散りばめられており読み応えあり。一方で、そこに描かれた人物はあまりにも通常とかけ離れた感覚を持つ者が多いので、あまり感情移入はできませんでした。 ところで、大事なものとは利害とは関係ないところで必要とすること、必要とされることなのでしょうか。最後のどんでん返しはやや安易すぎるような気もします。


雰囲気は「一瞬の光」に似ている。

2008.08.16

記憶のあやうさ、「忘れないと誓ったぼくがいた」

 夕方から雨の予報だったので、少し早めに帰宅して、文庫本を開きました。今夏休みの2冊目は平山 瑞穂著「忘れないと誓ったぼくがいた」です。主人公、高校生の葉山タカシは眼鏡店で同じ年の織部あずさと知り合います。後日、思わぬ再会を果たした二人ですが、彼女と会うたびに自分の記憶があいまいになってしまうタカシ。そんな彼に、あずさは驚くべき話を切り出します。それは彼女が「消えてしまう」ということ...。
 この小説は人の記憶のあやうさを正面から上品なタッチで描いた作品でした。避けられない運命から逃れようと、必死にさまざまなことを試みる主人公。それをやや冷めた態度で見つめるあずさですが...。しかし、彼女が主人公へ残した本音のメッセージは非常に悲しくて切なかった。ただ、その心を受け止めた主人公が選んだ道は見事な結末だと思えました。


記憶とは、忘れ去られる運命なのか

 なお、茂木健一郎氏が巻末の解説を書かれていますが、その内容もなるほどと思えるものでした。記憶とは一体何なのか、本編だけではなくて、こちらも一読の価値があります。

2008.08.14

笑えない? 暴走する妄想「太陽の塔」

 文庫本を1冊読み終えました。森見 登美彦著「太陽の塔」です。ストーリーは...あえて説明するほどの内容じゃないので省略!
 はっきり言って笑えます。イカれてます。バカバカしいです。ただ、私の学生時代の境遇も似たようなもんだったから、ある程度共感できてしまうところがあったのが逆にもの悲しい気分。「失恋を経験したすべての男たちとこれから失恋する予定の人に捧ぐ」そうですが、こういう考え方ができたら確かに救われるかもね...? が、時期的に読むタイミングを間違えたかもしれん。


ちょっぴりわかる気も...と言えてしまうのが悲しい。

2008.08.02

さわやかな書き味「クローズド・ノート」

 土曜日も読書。雫井 脩介著「クローズド・ノート」です。私は知らなかったのですが、昨年映画化もされて(違った意味で)話題となっていたのですね。ストーリーは大学生・堀井香恵が自宅マンションのクローゼットから、前の住人が残したと思われるノートを見つけるところから始まります。ふとしたことから興味を持って、そのノートを手に取る彼女。中には、小学校の先生が子供相手に奮闘している姿と、恋に揺れる心が書きつづられていて...。一方、現実の世界ではアルバイト先の文具店で、万年筆を選ぶ手伝いをしたことからイラストレーターの石飛さんがとても気になる存在に...。
 読んでいる途中から、ほとんど種明かしが読めてしまっていました。それでも最後のシーンはやはり感動的です。


3つのストーリーが一つにつながる。

2008.08.01

3人でいることの難しさ、「永遠の放課後」

 金曜日は定時退社(推奨)日なので、最近はさっさと帰っています。とはいえ特にすることもないので、かねてから買い置きしていた文庫本を1冊読破しました。以前「春のソナタ」を読んだ三田 誠広著「永遠の放課後」です。
 主人公はギターを弾くことが好きな笹森ヒカル。中学時代の親友、杉田とその恋人紗英とは音楽を通じた深いつながりを持っていたものの、高校、大学と違う道を歩むうちに少しずつ心が離れてしまっていました。しかし、そんな彼がリーダーを失ったグループ、青い風の復活に担ぎ出され、それが成功したことから事態は思わぬ方向へ...。
 波乱のない、落ち着いた作品でした。この作品で面白いのは「3人でいること」の難しさ。主人公、紗英、杉田の3人はもちろん、青い風のメンバー3人、主人公の父・母・義父も同じ。お互いに遠慮し、却って傷つけあってしまう哀しさが表されています。


3人でいることは、お互いを大事と思うほど、成り立たなくなる。

2008.07.30

人生で、本当に大切なものとは何だ。「一瞬の光」

 出張といえば読書の時間。今回出張に持参したのは白石 一文著「一瞬の光」です。
 主人公は一流会社でエリートコースを突き進む38歳の橋田浩介。ひょんなことから短大生・中平香折と知り合い、悲惨な過去を持つ彼女を支えていくことになります。一方で上司から紹介され、彼を慕う藤山瑠衣との間に生まれる安らぎの時間。ストーリーはこの二人との関係を軸に、会社での派閥抗争を交えて展開していきます。この作品に潜むのは主軸になる三者三様の「孤独」でしょう。


すっかり感情移入、共感もあり、同情もある。

 この作品では年齢が近いこともあって主人公にすっかり感情移入し、熊本往復の飛行機の中で一気に読破。物語のラストは衝撃的です。一方で主人公の「生きる」ことへの取り組み方、考え方には共感する部分多数。一方で、そんな彼を見つめる瑠衣のいじらしさには哀しさすら感じられます。甘えを見せないことはそんなに不自然なことなのか?
 人生で本当に大切なものは、何なのか。私自身決してエリートではないのですが、ある程度仕事に没頭してきた身からすると、深く考えさせられた作品です。

2008.07.13

終わり方に問題あり?「そして君の声が響く」

 半月ぶりに文庫本を一冊読破しました。電車で往復の間に読んだのが池永 陽著「そして君の声が響く」です。さすがに往復の時間だけでは読み切れず、日曜日の朝のくつろぎ時間を使って読み終わりました。
 ストーリーはフリースクールにボランティアで講師をしている大学生、荻野翔太が、スクールに通う17歳の美咲に恋をするというもの。ところが、美しい歌声を持つ彼女には悲惨な過去が...。時事問題を取り入れている感はありますが、それは表層だけです。あとはなんだかTVドラマ的展開で、特に印象的な展開やシーンはあまりありませんでした。特に最後の終わり方はかなり物足りない、「あとは勝手に想像してください」と言わんばかりのものでした。満足にはほど遠い。


終わり方が、私的には好きではない。

2008.06.24

難しい...「春のソナタ」

 熊本往復で読んだ小説は三田 誠広著「春のソナタ」です。主人公は高校生、遠山直樹。バイオリニストですが、スポーツもできて傍から見るとまるでスーパー高校生です。その父はまるで少年のようなピアニストで、この2人の間に魅力的(とされている)ピアニスト、川口早苗が絡む展開です。決して幸せに包まれた明るい話ではありません。前半は青春小説の趣がありますが、中盤から後半にかけては重苦しい雰囲気が漂います。


とにかく難しい。何がテーマだったのか?

 読み終わっての感想ですが、非常に難しい。それどころかうまくストーリーを説明することすらできません。ただ、最後のシーンは救いといえば救いです。

2008.06.10

君の笑顔が見たいから...「ある愛の詩」

 熊本出張で読んだのが新堂 冬樹著「ある愛の詩」です。小笠原の海でイルカのテティスと心を通わす青年・拓海と、東京から来た美しい歌声を持つ流香との出会いから物語は始まります。お互いに悲しい過去を持つ二人ですが、拓海はその純粋な言動で頑なな流香の心を解きほぐしていきます。中盤以降、舞台が東京に移ってから二人の間にすれ違いが生まれるのがとてももどかしい。そして終局を迎え、すべてを失ってしまった流香。彼女を見守ることができず、小笠原に戻った拓海。彼女が選んだ道とは...。


現実味は薄いが、その純粋さは心を打つ。

 正直なところ、ストーリーに現実感はありません。しかし、それを補ってあまりある魅力がこの作品にはあると感じました。小笠原の豊かな自然、主人公らの周りにいる個性的な登場人物たち。前半は小笠原の自然の中でゆったりとした流れで、後半はスリリングな早い展開と、読んでいて飽きませんでした。
 主人公たちそれぞれの想いの現れ、特に拓海の純粋な言動は心を打ちます。私が最も印象に残った彼の言葉は「君の笑顔が見たいから」。これは、誰かのために何かを成すとき、その動機を表現する最高の言葉と言えるのではないだろうか。

2008.06.07

ちょっと唐突、実際もそんなものなの?「千日紅の恋人」

 移動の多い時は読書も進みます。帰省の際に読んだのは帚木 蓬生著「千日紅の恋人」です。2度の別れを経験した時子さん、実家で経営するアパートの管理を任され、一癖も二癖もある住民たちを相手に集金や仲裁、調整に駆け回ります。そんなアパートに新しく引っ越してきた好青年、アパートの管理人として、またデイサービスの職場での関係を通じての触れ合いの後に、彼から切り出された言葉は...。


ちょっと懐かしい。めぞん一刻を思い出しました。

 本題に入るまでがやや冗長なので、読み終わってのすっきり度はやや低い。また、メインとなる青年との触れ合いが後半に集中してしまっているせいか、中盤から最後までの展開がやや急で唐突感が残ります。もう少しバランスが取れていればもっと印象に残ったのでしょうが...。
 読んで感じるのがある種の「懐かしさ」です。なんだろうかと思いを巡らせていたら、環境のシチュエーションが往年の名作「めぞん一刻」を思い起こさせるのでした。

2008.04.06

外れとは言えないが...「いま、会いにゆきます」

 4月の1冊目は市川 拓司著「いま、会いにゆきます」です。内容については説明の必要もないでしょう。以前、映画やドラマ化もされた有名な作品です。小学生の息子と暮らす主人公の元に、記憶を無くした亡き妻が現れる...。
 この人の作品では「そのときは彼によろしく」を読んでいますが、この作品も雰囲気はそれに近いといえます。最後の仕掛けは「そうきたか...」という感じです。これもできすぎだけど、嫌みではないという言葉がぴったり。ただその反面、各シーンの必然性が今一つピンとこず、文章が冗長である印象が残りました。


各シーンの必然性がいまひとつピンと来ない。

2008.03.22

絶賛します。『「心の掃除」の上手い人 下手な人』

 3冊目はちょっと趣きの異なる作品です。先日、タイトルに興味を持ったので本屋でパラパラとめくって見ると、目から鱗のような内容が書いてあったので、つい買ってしまいました。いかに前向きに日常を過ごしていくか、そのコツが端的に表現されていてなかなか面白い。私が普段実践している(と思っているだけか?)ことも多数あった反面、「こういうこと出来てないよなぁ」と思うこともあって、自分を見つめ直すことにつながる新たな発見もありました。
 この本、バイブルになりうるかもしれません。文字も大きく、ページ数も少ないので通勤やちょっとした合間に読めるのもいいです。真面目に悩める人に、オススメの一冊です。


悩める人にオススメです。

2008.03.22

堕ちゆく青春「夜の果てまで」

 只見線の旅、2冊目は盛田 隆二著「夜の果てまで」。1990年に就職を間近に控えた北大生、安達俊介と、ラーメン屋の女将である人妻、涌井裕里子の物語です。要するに不倫ですな。俊介は長男の家庭教師を引きけることで、徐々に裕里子との関係が深くなってきます。結果、駆け落ちまでして夢だった新聞社への内定も取り消され、どんどん堕ちていく姿が描かれています。
 私は全くこの主人公の行動に納得が行かず、リアリティが感じられませんでした。正直、ヒロインの裕里子もそれほど魅力的には思えない。本の紹介では「感動の純愛小説」となっていましたが、その場しのぎを繰り返した揚げ句の結末に、とても感動できるようなものとは思えませんでした。個人的な印象としてはハズレ。


これは好みではないかな。主人公に感情移入できなかった。

2008.03.22

勝負球は直球「翼はいつまでも」

 只見線の旅では3冊もの文庫本を読破。1冊目は川上 健一著「翼はいつまでも」です。主人公は十和田市に住む、中学3年生になろうとする神山くん。彼がビートルズの「Please Please Me」を聴いてからというもの、引っ込み思案だった行動が一変。野球部の仲間との協調、先生との衝突など、いろいろな出来事を通して彼が変わっていく様子を描かれています。この時期って何かの拍子に物の見方が大きく変わることって、確かにあるんですよね。
 2章ではちょっと訳ありの転校生、斉藤さんとの交流で彼がさらに成長していきます。このあたりのくだりは爽快。青春っていいですねぇ。ちょっと古めの時代設定であるおかげで、とても素直なストーリー展開が心地よいです。
 一方で、こういう物語ではちょっぴり切ない別れが定番です。でも、後味は悪くないですよ。勢いつけて読みたい本です。


定番とも言えるストーリー展開ですが、明るい雰囲気が楽しい。

2008.03.02

2つの視点が絡み合う「黄色い目の魚」

 花粉の飛ぶ季節。風もまだまだ強くて出かける気分にもならないので、今週も日曜の午後から本を一冊読破しました。
 今回選んだ作品は佐藤 多佳子著「黄色い目の魚」です。一度だけ会ったことのある絵描きの父親の影響で、絵を描くことにある意味ハマってしまった高校生、木島悟とイラストレーターでもあり漫画家でもある叔父を慕ってアトリエに通い詰める村田みのりの物語。青春小説ではありますが、2人の主人公のモノローグ的な語り口で話が進むのがとてもユニークです。


絵を中心にした、爽やかな物語でした。

 さて感想。8章構成で各章ごとに視点が入れ替わり、軽快に話が進んでいきます。「しゃべれども しゃべれども」もそうでしたがテンポのいい展開で楽しく読めました。「お互いに気になる存在であること」に名前をつけるのは簡単ですが、それを確認していくようにゆっくり進むのがもどかしいけど、気持ちは理解しやすいかも。一方でかなり現代的な話題もちりばめられていました。ただしラストシーンだけはちょっとできすぎ? でも、こういうのも悪くはないとは思いますが。
 さて、次に読みたい作品は「一瞬の風になれ」かな。文庫化が待ち遠しいです。

2008.02.28

8人8色「ゆらゆら橋から」

 27日から28日にかけて、研修で埼玉県北部に出かけていました。一泊しての研修だったので、いつものように文庫本を一冊用意して行きました。
 今回選んだのは池永 陽著の連作短編集「ゆらゆら橋から」です。もともと私は読み終わった後の達成感を味わいたいので、長編の小説を選びがち。このため短編集はなかなか手に取らなかったのです。しかし、この本をよく見てみると一人の主人公が少年から初老になるまでに出会った8人の女性とのふれあいを描いていて、長編の感覚で読むことができたのは嬉しい誤算でした。
 さて、登場する8人の女性は少年時代に憧れた保健室の先生「由美子」、中学時代に病気で近所に療養しに来ていた「加代子」、高校卒業間際に出会った「由紀」、大学時代の憧れ「知佐子」、社会人になって結婚しようとする「郁江」、父親になる直前に出会った不倫に苦しむ「敦子」、夫婦の倦怠期に入った時に、手に巻かれた包帯が気になった「佐和子」、会社を辞め、故郷に向かう主人公と道中を伴にする「A子」です。それぞれ個性的に描かれていて、いろんな意味で魅力的です。


どうしようもなく不器用な主人公。

 私が読んで特に印象に残ったのは「加代子」「由紀」でした。作品の中では対照的な位置づけの二人ですが、各章の最後のシーンは同じだけ切なかった。
 一方で、最終章のラストページは明るさを感じさせるものでした。きっと主人公は大事なものを再確認することができたのでしょう。悲しみあり、切なさあり、戸惑いあり、そして最後にちょっとした種明かしが待っていて、少しだけほっとできる作品でした。

2008.02.24

端折りすぎ?「奈緒子」

 日曜日の昼下がりに読んだ一冊がこれ。百瀬 しのぶ著「奈緒子」。現在公開中の同名映画をノヴェライズした作品です。さらに言うならこの作品、長期間にわたって連載された漫画がもともとの原作です。通しで読んだことはありませんが、学生時代に食事に出た先で手に取った漫画で見た覚えがあります。
 ストーリーは「日本海の疾風」との異名を持つ天才ランナー、雄介と、その父親が命を落とす原因を作ってしまった少女、奈緒子の物語です。もともとの原作では雄介の兄などもからんでいたはずですが、映画/小説ではそのあたりを随分端折られてすっきりさせられてしまっています。


かなり描写が物足りない。そんなに簡単に拘りはなくなるものか?

 いくら映像で2時間の尺に収めなければならないからといっても、いささか話があっさり進みすぎのような印象です。特に、特異な関係の二人がそう簡単にわかりあえていけるのか? その点、小説の描写はかなり物足りなさを感じてしまいます。

2008.02.16

言葉にすることの大切さ「しゃべれども しゃべれども」

 土曜日は寒かったので、今週も読書です。選んだ本は佐藤 多佳子著「しゃべれども しゃべれども」。先年映画化もされて話題になったようですが、私はそれは見ていません。ただ、ネットで評判を見るとなかなか好意的な論評が多くて、期待して読みました。
 ストーリーは、真打ち前の落語家である主人公を取り巻く人々を描いています。口下手な女性、対人恐怖症の従弟、関西弁で生意気な子供、上手く話せない元プロ野球選手の解説者。この4人が主人公に「しゃべれる」よう指南してくれと依頼したからさぁ大変。一体どうなってしまうのか、軽妙なテンポで話が進んでいきます。これに乗せられて一気に最後まで読んでしまいました。


テンポよく、楽しく、面白い。爽快な読み味でした。

 感想です。とても楽しくて、面白かった。私も決して「しゃべり上手」ではないので、気持ちをストレートに言葉に出来ないもどかしさはよくわかります(悲)。それにしても、主人公とヒロイン(といえるのか?)の最後のやりとりは「粋」の一言に尽きます。当たり前に思えることも、あえて言葉で伝えることってとても大切なんですね。勉強になりました。
 すがすがしい作品でした。お勧めの一冊です。

2008.02.10

前半の展開が一転、衝撃の結末。「忘れ雪」

 天気が回復したものの足場が悪いので、久しぶりに日曜日の午後は読書の時間にしました。選んだ本は新堂 冬樹著「忘れ雪」です。この著者は経済犯罪をテーマとした作品で有名なそうですが、これは恋愛小説なんだそうです。カバーもファンタジー系ですから、どんな作品なのか、書店で興味が湧きました。「忘れ雪」とは春に降る雪のこと。地面に触れた瞬間に消えゆく忘れ雪は、願い事を天に持ち帰って叶えてくれる、という言い伝えにちなんだものだそうです。
 さて、物語は薄幸の少女と動物好きの青年、一希の出会いから始まります。本編はそれから7年、動物病院の院長となり、スタッフに囲まれて動物の治療にあたる主人公の前に、不思議な女性、深雪が現れます。しかし、その女性が誰なのか、主人公は全く気付かない...というすれ違いがもどかしい。ここまでの展開は、ある意味ドラマや漫画的な展開でとくに奇をてらったところはありません。
 ところが後半、一希と深雪の再会のすれ違いで起こった、ある事件をきっかけにその雰囲気は一変します。想いを伝えるため、必死にヒロインを探す主人公に降りかかる様々な障害。果たしてその結末は...。


カバーの絵ほど、甘い作品ではなかった。

 結末は驚くべきものでした。とても想像できない終わり方に、しばし絶句してしまいました。一体これは、ハッピーエンドなのか? 正直よくわかりません。
 さて、色恋に疎い私から見ても、この主人公は相当"鈍い"。ま、ある程度気持ちも理解できるのが哀しいところですけどね。主人公の傍で、彼を激しく想いつつスタッフとして働く静香の切ない訴えは痛々しい(ただ、この印象は全編に渡るものではないです)。「つまらない言い訳をするな、可哀想すぎる」と突っ込みを入れたいくらいでした。
 感想です。後半の激しい展開に、ぐいぐい引き込まれてしまいました。予想できないどんでん返しや仕掛けもよく練られていて、そういう意味では読み応えのある作品です。しかし一方でそれが災いしてか、大事にしたいタイトルの重みが少しどこかに行ってしまった感があるのが少し残念です。

2008.01.12

史実と虚構の間「ベルリン飛行指令」

 佐々木 譲の「ベルリン飛行指令」です。この作品、先に読んだ「エトロフ発緊急電」と同じく、第2次世界大戦を舞台にした冒険物です。内容は、対英航空戦で苦境に立つドイツが日本の新鋭戦闘機に着目し、それを入手しようとしたことで幕を開けます。日本はそれに応え、零式艦上戦闘機(いわゆるゼロ戦)2機をベルリンに向け離陸させる...というもの。もちろんフィクションですが、当時の情勢や要所に実在した人物を配置するなど、上手くリアリティを演出しているので、どんどん作品世界に引き込まれてしまいました。
 この作品の登場人物は、ともかく非常に格好よく描かれています。やっぱり冒険物はこうでなくてはネ!


冒険物として捉えると非常に面白い作品です。

2008.01.09

痛快!「メリーゴーランド」

 昨年から途切れ途切れに読んでいた作品を、ようやく読み終わりました。萩原 浩著「メリーゴーランド」です。まず最初に「これは面白い!」。驚けます。笑えます。最後には「ほっ」とできます。
 ストーリーは架空の自治体、駒谷市でテーマパーク再生のプロジェクトに関わることになった公務員の涙ぐましい(?)奮闘の物語です。役人社会の中で、民間会社の経験のある主人公は色々な壁にぶつかりますが、劇団員だった特技を活かして次々と実現していきます。その経緯は非常に痛快。要所では主人公の頭の中で、戦闘開始のゴングが鳴ってSEEDが発動(!?)、狐だか狸だかの役立たず理事・副理事をやり込めるシーンは傑作です。
 いや、とにかく面白い。ぜひご一読を勧めます。


久しぶりに本を読んでげらげら笑った。

2008.01.07

変化を欲する気持ちはわかる「100万回の言い訳」

 帰省の往復、機内で読んだ作品がこれ、唯川 恵著「100万回の言い訳」です。主人公は30代後半、子供のない一組の夫婦。そこに隣人や職場の同僚とその友人、夫の行きつけの料理屋の人々との関係がからんでいく作品です。読み終わった感想は、なんだか安っぽいTVドラマのような小説で、話できすぎでしょう。こういうのはあまり趣味ではない。
 さて、正直なところ未婚の私にはこの夫婦のような関係って想像つかないです。カバーにある内容紹介では「結婚に悩める人に波紋を呼び起こす...」とありましたけど、変化に飢えるとこうなってしまうということなんでしょうかね。確かに、夫婦って何なのよというのも疑問として残りました。
 変化しないことで安心できることもあるのでしょうが、変化を欲する気持ちもわかる気がします。自分はどっちを求めているのだろうか?


作風は趣味じゃないけど、考えさせられたこともある。

2008.01.06

永遠の命題に迫る「MOMENT」

 年明け1冊目はすっかりファンになってしまった本多孝好の「MOMENT」です。
 この本のテーマはずばり「人は死ぬとき何を思うのか」ということでしょう。主人公は清掃のアルバイトで病院に出入りしていて、死の近い患者と触れあう会話の中で、その願いを叶えようと東奔西走します。ところが、それらの願いには必ず裏があって、例外なく意外な展開を見せます。それらを見届けることで、主人公は最初に挙げたテーマを否応なく考えることになってしまう...。
 この作品も「ALONE TOGATHER」と似ている雰囲気ですね。ストーリー、結末ともあまり新鮮さを感じなくなってきてしまいました。ちょっと期待外れだったかな。


永遠のテーマ、作中の結論はいささか安易なのでは?