2010.11.21

そんな夏休み、自分にもあったな「しずかな日々」

 初めての作家の作品です。読んだのは椰月 美智子「しずかな日々」。
 小学五年生になった枝田 光輝、通称「えだいち」。彼は母子家庭で、クラスでも目立たない男の子でした。そんな彼はクラス替えをきっかけに、押野という友人ができたところから物語は始まります。押野と遊ぶうちに徐々に世界が広がっていく主人公でしたが、母親の仕事の都合で引っ越しを迫られることに。どうしても転校したくない彼は、同じ学区の中にあるおじいさんの家に住まわせてもらうことになったのでした。そこで迎えた夏休みを描いた作品です。


妙に醒めたところもあるけれど、わかるような気もする。

 少年の一夏を描いた作品、ちょうど映画「さよなら夏休み」を見たこともあり、なんだか似たようなシチュエーションに苦笑い。さて、物語は「僕」の視点で淡々と進み、一つ一つがなんということはないイベントが連なっているだけなのに、その中でものの見え方が変わっていくのが細かく描かれていました。これが成長ということなんでしょうね。一見すると結論のない終わり方なのですが、振り返ってみると主人公が変わってきたことが明らかにわかるので、モヤモヤ感はありません。「夏休み」という懐かしさも感じられた作品でした。

2010.11.06

クラウドな印象「切羽へ」

 久しぶりにこの作家の本を手に取りました。井上 荒野の直木賞受賞作「切羽へ」です。
 九州地方で、かつて炭坑で栄えた離島で教師を勤める主人公、麻生セイ。彼女と画家である夫、陽介はかってこの島で生まれ、東京へ出たものの結婚してこの島に戻ってきた過去を持っていました。奔放な同僚教師・月江や、近くに住む老婆・しずかを交え、平穏な日々を過ごすセイ。そこに新たに石和という教師が赴任してきます。彼の存在がなんとなく気になり始めるセイですが、そこに色々な出来事が降りかかってくるのでした。


なんでしょう、このもやもやとした感想。私には難しすぎるのか?

 なんだかよくわからないままに読み終わってしまった、という印象です。前に読んだ「だりや荘」もそうだったのですが、「結局のところどうだったのか」というのが読み取れないので猛烈にフラストレーションが溜まりました。これは私が単にニブいというだけなんでしょう...か?

2010.10.29

思えば楽しかったあのころ「砂漠」

 伊坂幸太郎の「砂漠」を読みました。
 主人公、北村は仙台で大学生活をスタートします。ふとしたことから仲間ができて、東京から来たお調子者の鳥井。不思議な超能力?を持つ女の子、南。目を見張るクールビューティの東堂。そして、何事にも動じない強さを持った西嶋。彼らの友情は麻雀を通して強くなります。そんな彼らには色々な事件が降りかかっていくのでした。


ちょっと懐かしさも覚えた作品でした。

 学生時代というのは、今思うとやっぱり一瞬だけのオアシスなんだなぁ、としみじみ思いました。かくいう私は勉強や研究も色々と忙しくて、あまり楽した覚えもないのですけど。イベントを乗り越えるごとに強くなる仲間の絆。学生時代のつながりを失ってしまった私から見ると、なんともうらやましい仲間たちです。

2010.10.13

優しい、でもそれだけでは生きて行けない「ぼくの手はきみのために」

 帰省の帰りがけ、飛行機とバスで読んだのは市川 拓司「ぼくの手はきみのために」です。
 主人公、ひろは幼なじみの女の子、聡美の病気の発作を止めることができるという不思議な力を持っていました。やがて二人は大学生になり、微妙な距離ができていく姿を描いた「ぼくの手はきみのために」。病気療養していた真帆がスーパーで出会った親子と交流をもち、やがて思わぬ方向に進んで行ってしまう「透明な軌道」。長屋で暮らす男と、そこに引き取られることになった少年と少女がたくましく生きて行く「黄昏の谷」の三編を収めた作品です。


う〜ん、三編ともそれぞれに味はあるのだが...。

 市川氏の作品では社会的に弱い立場にあったり、精神的に弱い男性を主人公にした物語が多いのですが、この作品はちょっとその方向とは違うようです。三編に共通するのは、身近にいる人に対する支え。意外な展開もありましたが、概ね優しい結末となって、ちょっとほっとした感じです。

2010.10.09

オバサンに都合のいい若者の姿?「東京タワー」

 帰省の飛行機で読んだ作品が江國 香織の「東京タワー」です。
 高校からの友人で、大学生である透と耕二。彼らは少し距離をおいて交流を続けています。透は母親の友人である年上の女性、詩史(彼女にとっては不倫)との関係を続けています。一方、耕二は女子大生の恋人、由利とつき合いつつも主婦の喜美子と関係を持っていました。それぞれ深くなってゆく関係の行き着く先は?


私には主題不明、意味不明。別に東京タワーでなくてもいいでしょ?

 なんだろうなぁ、この空虚感。正直なところ主題も意味もわからなかった。作品の描き方は透と耕二の一人称で描かれているのですが、なんだか女性にとって都合のいいことしか書いていないようにも思えるのです。特に相手が詩史と喜美子となると、言ってみれば「オバサン」年代が欲しい若者像を示しただけのような気が...。
 結局、だから何なのだ、というところに尽きるかな。

2010.10.04

硬派な生き方に息を呑んだ「邂逅の森」

 熊谷 達也の長編小説「邂逅の森」を読みました。久しぶりに硬派な作品に行き当たりました。
 大正初期、北秋田の阿仁で貧しい農村に生まれた主人公、富治。彼は伝統のマタギとなり、山の獣を狩って生活を立てていました。ところがあることから村を追放され、マタギとして生きる道を閉ざされてしまいます。彼は鉱山で働き始めますが、マタギとしての生きる道を忘れられず、再び山へと向かうのでした。そして、本物の山の男となった彼を最後に待ち受けた運命とは...?


久しぶりに超・硬派な作品でした。すごい。

 読み終えた後はため息しか出ませんでした。各地を渡り歩きながら様々な人と出会い、成長をみせて行く主人公。山への怖れを忘れず、しかし果敢に立ち向かって行く姿がとても力強い。一方で妻やかって別れた恋人との再会で心揺れるなど、人間臭さや弱さも持ち合わせているので、英雄のような描き方はされていないのが却って好感が持てます。そして最後に待ち受けた死闘の描写は壮絶で、とても映像化などできそうにありません。
 迷いながらも強く、太く生きること。それを思い出させてくれる作品です。

2010.09.19

これは後続作品の試作品?「パイロットフィッシュ」

 大崎 善生「パイロットフィッシュ」を読みました。
 パイロットフィッシュとは、魚を飼う際に、本命となる魚の前に水槽の環境を整えるために飼う魚のことです。都内でエロ雑誌の編集長代行を務める山崎は、19年ぶりにかつての恋人、由希子からの電話を受けます。それを境に、彼は彼女との出会いと別れ、かっての編集長や家族ぐるみで交流のあったバーのマスターとの会話など、様々なものが記憶の底から甦ってくるのでした。


「アジアンタムブルー」を先に読んでしまうと、ちょっと完成度の点で見劣りする?

 作品の中で印象的なのは「人は一度巡り合った人と二度と別れられない」というくだり。確かに交流がなくなることは別れなのでしょうが、一度でも交わした言葉や想いは、記憶という形で残り続けるということです。なるほど、そういえば確かにそうですね。そうすると「別れ」という概念そのものがないわけで、寂しさを感じる必要もないということなのでしょうかね。
 初期の作品ということもあり、「アジアンタムブルー」「スワンソング」などの習作的雰囲気が漂います。ただ、所々でちょっとした驚きも用意されていて、そういう部分でも楽しめました。

2010.09.12

難しい。難しすぎる。「ライオンハート」

 実は、かなり前に読み終えていた作品があります。恩田 陸「ライオンハート」です。
 宿命の二人、エドワードとエリザベス。彼らは時を超え、場所を超え、いくつかの時代をまたいで邂逅をしていきます。時代は十九世紀から現代まで。場所もイギリス、フランス、果てはパナマ...。決して一緒になることはないのに、出会うことだけを繰り返す二人。その結末とは?


これは今まで読んだ中で一番難解かも。

 今まで感想めいたことを書かなかったのは、個々の章はともかく、全体を通してのストーリーが全く理解できず、書こうとしても書けなかったからです。何度も読み返して、ようやく少しだけ全体がわかるようになりました。とは言え作者のメッセージのようなものが読み取れなかったのも事実。「ライオンハート」という作品名との関連もわからなかったのは、私の勉強不足でしょうか?
 これまでで一番難解な小説ではあります。

2010.09.05

何が動機なのかがわからない「瑠璃の海」

 新宿への往復と、昼下がりの午後を使って読んだ作品が小池 真理子「瑠璃の海」です。
 主人公、園田萌は都内に住む36歳。子供はおらず、共働きで幸福な日々を過ごしていました。ところが出張に向かう夫の乗った高速バスが事故で炎上し、夫は帰らぬ人となってしまいます。その遺族会で、彼女は同じ事故で娘を亡くした作家、遊作と知り合います。お互いの喪失感を埋め合わせようと、やがて深い関係に陥っていく二人。社会的な批判や好奇の目に晒されながらも、二人の絆はますます強くなっていくのでした。


なんでそうなるの?という疑問が渦巻く。

 読み終えて感じたのは、女流作家版「失楽園」のような作品だな、ということ。最初のイベントが衝撃的なものだっただけに、アブノーマルな環境からの恋の始まりと迷走が語られるので、非現実的な展開もそんなに気にはならなかったのですが...。後半からはそれが思わぬ方向に収束していくところに、ちょっと違和感を感じました。そういったところから、私はこの作品で著者が訴えたかったものが全く読み取れませんでした。難しい...。

2010.08.28

不信からの再生「水の恋」

 秋葉原への買物の往復で読んだのは池永 陽の「水の恋」です。
 東京で食品会社に勤める主人公、昭。彼は大学時代の親友である洋平と釣りに出かけ、そこで洋平は鉄砲水に飲み込まれて行方不明になってしまいます。昭の妻、映里子と洋平の間には一晩だけ、昭が知らない二人だけの時間がありました。そこから湧き上がる疑念に、関係がおかしくなっていく昭と映里子。昭は実は洋平が自殺をしたのではないかと感じ、死の間際に見たという仙人イワナを見ることが、その答えになると考えました。彼は再び飛騨高山へ行き、山深い沼へと向かうのでした。


タイトルとは異なり、実は重苦しい作品です。

 なかなか重苦しい作品です。特に中盤、昭と映里子が再び絆を取り戻そうとした時に起きる悲劇。そして最後のクライマックスで明かされる真実。読みごたえがありました。
 主人公は所々で自分の弱さを認識し、それに猛烈な嫌気を感じますが、むしろそれはこの状況を考えると当然のことではないかと思えます。それでも行動していこうとする彼の姿に少し救いを感じました。

2010.08.16

悲しみからの再生「アジアンタムブルー」

 岡山から東京までの新幹線で読んだ本が大崎 善生「アジアンタムブルー」です。先年映画化もされたそうですが、それは見ていないのでストーリーは初見です。
 札幌出身で雑誌の編集者をしている主人公、山崎隆二。彼は葉子という恋人を癌で失い、虚無感から立ち直ることができずにいました。中学生時代に受けた心の傷や高校時代の鮮烈な出来事を思い出すこと、平日の昼間にデパートの屋上で知りあったどこか謎めいた女性との出会いを通じて、彼は葉子と過ごした最後の日々を振り返ります。


ありがちな題材ですが、構成が今までにないので新鮮。でも、救われた感じがしない。

 正直、ちょっと難しかったかな。題材としてはありがちなのですが、話の順序が時系列でもなければ回想でもないので、読み進めていくうちにいささか混乱しました。しかし、ワンシーン毎の描写はとても優しく描かれていると思います。一方で過去の悲しい出来事が、主人公の人間形成に影響を与えていることはわかるのですが、それが散りばめられたが故に、ストーリーにまとまり感が失われてしまったような気も。
 映画も見てみたくなりましたが、山崎と葉子のからみ以外は相当端折られてそうな予感が...。

2010.08.16

ちょっといいお話「阪急電車」

 高知から岡山までの列車の乗車時間に読んだ作品が有川 浩の「阪急電車」です。久々にいい作品が読めた、というのが第一印象。後で書くように、ちょっと思い入れがあるからかもしれませんけどね。
 京阪神を結ぶ大手私鉄の阪急電鉄。この会社には京都線・宝塚線・神戸線という3つの主線があるのですが。その間に宝塚と西宮を結ぶ今津線という路線があります。始発駅の宝塚駅から神戸線に接続する西宮北口駅まで、わずか8駅というローカル線で起こるちょっとした出来事。恋の始まり、討ち入り、離別の決意など。登場人物がバトンを渡しながら、各駅をつないでいくというものです。


学生時代の楽しかった(のか?)想い出が甦りました。

 私は学生時代に阪急六甲駅が最寄り駅だったこともあって、阪急電車はとても身近な存在でした。あのえんじ色の車体に上品なグリーンのふかふかシート、車内の木目調の壁がとても懐かしい。特に当時好きだった女の子が今津線沿線から通っていた(おっとっと、これは脱線?でしたね)ことを思い出して、ちょっとほろ苦い想い出も甦りました。作中には馴染みのある地名が並んでいたこともあって、すっかり夢中で読みいってしまいました。
 登場人物とちょっとした幸せや爽快感が共有できる雰囲気が良かったです。イベントの当事者としての登場人物が、別の視点から描かれているのがつながっていくのが新鮮でした。各々のストーリーは短いのですが、前向きな未来が予感できる終わり方が多いのがGOOD。久しぶりにいい作品に出会えた感があります。

2010.08.13

やっぱり思うがままに「強運の持ち主」

 またもや好きな作家の作品です。瀬尾 まいこ「強運の持ち主」。瀬尾さんの作品は、おとぼけ調の主人公がちょっと変わった人物と交わることで巻き起こる事件(というほどのことでもない場合が多い)を描いたものが多く、「ほのぼの」気分が味わえるので、読んでいて楽しくなれるものが多いです。さて、今回の作品ではどうでしょうか。
 主人公は脱サラして占い師になった"ルイーズ吉田"(<聞くからに胡散臭い…?)。一応ちゃんとした占い師の講習(ってそんなのあるの?)を受けたプロなのですが、なんだか占いそのものは直観にまかせただけのような…? それでも一応「当たる占い」として評判がいいとのこと。彼女には同棲している公務員の彼氏がいるのですが、お客の女の子が同伴してきた彼を見て、その「強運」に惹かれて彼を自分と付き合うように仕向けるなど、なかなか現実的な(?)行動を見せてくれます。その彼女の周りとの人々との関係を描いた4編です。


力を抜いて楽に読めるのが彼女の作品のいいところです。

 作品の雰囲気は相変わらずで、トボけたいい味出しています。読んでる最中から笑いが止まりませんでした。相談に訪れる人物や、主人公と関わり合うことになる人物もそれぞれちょっぴり謎めいていて面白い。今ひとつリアリティには欠けるものの、結末もほっとできるものばかりで、笑いの中にも癒されました。

2010.08.07

"正義"は存在するのか?「正義のミカタ -I'm a loser-」

 帰省の際に列車の中で読むために選んだ本は、今月の新刊「正義のミカタ -I'm a loser-」です。著者は「真夜中の五分前 side-A/B」ですっかりファンになってしまった本多 孝好。単行本出版の際にも気になっていたのですが、それがいよいよ待望の文庫化されたということで、読むのを楽しみにしていたのです。
 高校生で桁外れのいじめられっ子だった主人公の亮太は、大学進学を期に過去の弱い自分との決別を図ろうとします。ところが大学ではいじめる側だった畠田と再会し、またもや同じ状況に陥りそうに。そこに現れて彼の窮地を救ったのが腕っ節の強いトモイチ。彼に連れられて向かった先は、謎の活動を行う部室でした。彼は果たしてどうなってしまうのか? 気になる同級生、蒲原さんとの関係は?


なかなかに面白い作品でした。

 噂に違わずなかなか面白かったです。トモイチとの友情や部活動の中で次々と体験する世の中の「歪み」。それを目のあたりにして変わっていく主人公。タイトルの「正義のミカタ」はなぜカタカナなのか、最後まで読むことで明らかになるとともに、「正義」は本当に存在するものなのかという基本的な疑問が頭の中を駆け巡りました。最後もなかなか印象に残る終わり方でした。
 ワーキングプアやいじめなど、今風でかつ重いテーマを扱っているにもかかわらず、ことさら陰湿さを誇張しないせいで読みやすかったです。

2010.08.05

メロドラマ向き「海と川の恋文」

 高崎からの帰路と、有休で暇つぶしに読んだ作品が松本 侑子「海と川の恋文」です。
 主人公の鈴木 遥香は大学に入学してすぐに、気になる二人の上級生に声をかけられます。映研で自主映画を制作する徳明と、演劇部のリーダーである修平。彼女は徳明の映画に参加し、やがて彼の優しさに強く惹かれていきました。ところが、その自主映画を見た映画監督のスカウトで女優への道を歩むことになります。彼に想いをつのらせつつも、別れざるを得なくなって...。やがて三人は再会し、遥香を中心に運命の大きな渦に飲まれていくのでした。


もろにメロドラマ向きの素材です。よくある話と言えなくもないか。

 もろにメロドラマ向き素材です。言ってみればもはや古典とも言える展開。今風のイベントもいくつか取り入れられて現実感を出そうという試みも見られますが、主人公二人が周りの人々から完全に浮き上がってしまっているので、あまり効果的ではないようです。最後のシーンは正直なところ驚きました。四百頁読んできてこの結末はちょっとがっかりだな...。

2010.08.01

同情できる後悔「あやまち」

 高崎までの電車行きで読んだ作品は先月の新刊、沢村 凛「あやまち」です。
 主人公は東京に住む29歳OLの美園 希実。彼女には職場最寄りの地下鉄の駅で、エスカレーターを使わず階段で出口に向かうという習慣があります。そんな彼女を階段で後ろから追い越す男性が現れました。ひょんなことから言葉を交わすようになり、交流を始める二人。ところがある日、彼女は自分に尾行者がいることに気づいて...。


タイトルと内容がアンマッチ? いえいえ、これでいいんです。

 読み進めていて思ったのが「これってタイトルが間違ってないか?」です。尾行者というやや緊張感をあおる部分はありますが、主人公とその相手のやりとりはほのぼのとしたもので、タイトルとの違和感を感じてしまったのです。ところが終盤で真実が語られ、なるほどと唸らされました。彼女の選択は納得できるもので、さらにそれを後悔する気持ちに同情できる部分がありました。とても切ない物語でした。

2010.07.26

よくあるSwitchのお話です。「埋もれる」

 私のお気に入りの映画&小説の「カフーを待ちわびて」は、第1回日本ラブストーリー大賞の受賞作品でした。その第3回の大賞作品が今回の奈良 美那「埋もれる」です。
 主人公、由希は一度は就職したものの、通訳を目指してソウルに赴き、そこでアルバイトをしながら韓国語を学び始めます。彼女には名の知れた企業の会社員、パクという恋人がいましたが、なぜか彼と過ごすことに違和感を感じてしまいます。そんな時、彼女の前に作家志望のテソクという男性が現れます。とまどいつつも彼女はテソクに強く惹かれていき...。


「リアルな心理描写」...誰が何をリアルに感じたのか?

 ストーリーを書いていて思ったのは、「もはや王道」という展開そのものです。解説には「リアルな心理描写と濃厚な官能シーンに絶賛の声」とありましたが、正直私には何がリアルなのかよくわかりませんでした。なんだか3人が3人とも都合のいいことを考えているだけのように見えるのです。う〜ん、やっぱりわからん。

2010.07.26

それぞれの"場所"の印象が薄かった「街のアラベスク」

 久しぶりに短編集です。阿刀田 高の「街のアラベスク」。全12編で、テーマは東京にある場所で、それぞれの主人公が愛した人々への想いを振り返るというものでした。


共感できるものも、そうでないものも雑多。

 主人公のほとんどが40歳前後。実際のところこの年代になると、振り返る思い出もさすがに多くなってきます。作品の中では共感できるものも、そうでないものも様々ありましたが、なかなか面白く読めました。
 人色々ということを改めて実感。

2010.07.24

三部作完結、「レンアイケッコン」

 「エンキョリレンアイ」「サンカクカンケイ」に続く三部作の完結編が刊行されました。タイトルは「レンアイケッコン」。なんだかフツーのタイトルが、カタカナにするとなんだか違和感あるものに見えてしまうのが不思議です。
 主人公は英語を学ぶためにNYに留学している大学生、雪香。彼女はブライアント・パークで、いつも決まったベンチに座り、安らぐのが好きでした。そんなある日、そのベンチに先客がおり、彼女はその青年、黒柳に運命的なものを感じます。日本に戻ってから再会する約束をした二人でしたが、その想いはつながらず...。


三部作の最後は、上品で落ち着いたストーリーでした。

 登場人物の心情変化にはちょっと首をひねるところもありますが、三部作の中で一番上質な香りが漂っているような気がします。ギミック的にはちょっと途中で仕組みが見えてしまうなど、もう少し意外性を唐突に出した方が小説としては面白かったかな。

2010.07.10

結構どうでもいい話「ひなた」

 小海線の旅、2冊目は吉田修一「ひなた」でした。
 元ヤンキーで今は有名アパレルの新人広報になった新堂レイ。その彼氏でバイトで食いつなぐ大学生、大路尚純。その兄で会社員の傍らで劇団員である大路浩一。雑誌の編集者でキャリアウーマンであり、浩一の妻である大路桂子。浩一と桂子が尚純のいる実家で同居を始めることになります。この4人のそれぞれの季節を描いた作品です。


なんか、結構どうでもいい話という気がするのですが...。

 「7月24日通り」「東京湾景」もそうでしたが、この作者の作品は読み終えてもいつもすっきりしないです。だいたい小説って、結論や結末ははっきりしていなくても、それにつながるベクトル(ハッピーエンドなりバッドエンド)がある程度想像できるように書くと思います。ところがそれがないので、「結局なんだったんだ?」という印象しか残りません。
 この作者の作品群、どうやら私には合わないです。

2010.07.10

少しずつずれた記憶の先にある真実「蛇行する川のほとり」

 小海線の旅で読んだ作品が恩田 陸の新刊「蛇行する川のほとり」です。この作家の作品でいうと「夜のピクニック」がよかったですね。今回も期待して読み始めました。
 高校生の毬子は、美術部の先輩である香澄と芳野から演劇部の背景を完成させるため、夏休みに自宅で行う合宿に誘われます。憧れの人からの誘いに有頂天になる毬子でしたが、親友の真魚子は事の成り行きに何か引っ掛かりを感じます。合宿には香澄のいとこである月彦と暁臣も参加したのですが、実は全員には共通した秘密があったのでした。


ミステリーですね。終盤、意外な人物の存在が浮かび上がります。

 さて、なかなかよくできた作品でした。途中までは断片的な情報が語られるのみで、正直何が何だかよくわからない展開でした。ところが中盤以降は、色々な方向から見た流れが一気につながり、徐々に事情がわかってきます。終盤には意外な人物がキーパーソンとして浮かび上がるなど、先の読めない展開は見事。一方で取り返しのつかない儚さも持ち合わせていて、やるせない気持ちになります。とりあえず面白かった。

2010.07.03

ちょっと消化不良を感じた「ひとり日和」

 池袋まで買い物に出かけた際の電車の往復で読んだ作品は青山 七恵「ひとり日和」、'07年の芥川賞受賞作品だそうです。思い返せば著名な賞をもらった作品は、あまり読んだことなかったなあ。
 さて、ストーリーは自立心の強い女の子、知寿が遠縁のおばあさんである吟子さんの家に居候することになるところから始まります。恋人との別れ、新しい恋人との付き合いや母親との微妙な距離感。そして仕事。吟子さんとの生活の中で、彼女は色々なことに気づかされていくのでした。


ほのぼの、ほんわか。結論らしいものがないのが消化不良の源?

 全編に流れるほのぼの、ほんわか感。やっぱり色々な体験をした人の言葉は重いです。ちょっと気になったのが作品の終わり方。彼女が成長したのは分かるのですが、それが明らかはに示されないので、私的にはちょっと消化不良な気分です。

2010.06.26

結末が間違ってるような気がする「スワンソング」

 旅の3冊目は私にとって初めての作家の作品、大崎 善生の「スワンソング」です。
 タウン誌の編集者として東京で働く主人公、篠原良。彼は3年間付き合った同僚の由香と別れることに。その原因の一つは、アルバイトとして職場に来た柏木由布子でした。彼を取り戻そうとする由香と、彼女との関係で消耗して身も心も壊れていく由布子。そんな由布子を支えようと奮闘する良でしたが、やがて由香までもが変調をきたして...。


主人公が別の優しさを持っていたら、と思わざるを得ません。

 誰が見ても結婚相手として不足のない由香との関係に疲れ、由布子に惹かれていった主人公。ところがそれが悲劇へとつながっていくという怖さが描かれています。終局、由布子の実家を訪れた主人公に知らされた思わぬ事実には驚愕しました。人を全力で守ること、そして守られることの幸せを描いた物語でした。
 ただ一方で、彼が由香から逃げなければこんな結末にはならなかったはず。そういう意味で、私には「間違った末の結果」とも思えなくはありません。

2010.06.26

昼メロにふさわしい?「百年恋人」

 旅の間の2冊目は「忘れ雪」で女性の怖さを描いた新堂 冬樹の新作、「百年恋人」です。
 「百年恋人」とは作中に登場するドキュメンタリーの小説作品名。旧華族の若林家の跡取り息子、正一と、彼と相思相愛である花柳家の令嬢、ハルとの悲劇の物語です。それから百年後、全く同じ状況に陥った二人がいました。若林家の透と花柳家の愛子。二人は「百年恋人」の確執から互いに憎み合うようになってしまった両家の間で、翻弄されてしまいます。さまざまな思惑がからみあう中、二人の運命はどうなってしまうのか。


まさに昼のメロドラマにふさわしい...?

 さて...印象は正直苦笑交じり、といったところ。まるでロミオとジュリエット。絵に描いたような展開で、まさに昼のメロドラマにふさわしい内容でした。あまりにも現実離れしているので、感情移入どころかサクサクと読み進めてしまいました。細かいところでギミックもありますが、あまりそれが活きていません。思いきり「外れ」でした。

2010.06.26

微妙な距離感「サンカクカンケイ」

 久しぶりの列車の旅のお伴、1冊目は小手鞠 るい「サンカクカンケイ」です。以前に読んだ「エンキョリレンアイ」に続くシリーズ第2弾だそうです。またもや薄くて読みやすい(笑)作品でした。
 物語は故郷の岡山を出て京都の大学を卒業し、今は東京のホテルのレストランに勤める主人公のあかねと、彼女をめぐる男性2人のお話。一人は役者を目指しつつ、自由気儘に彼女の元を訪れ、振り回し続ける龍也。もう一人はまるで兄妹のように育ち、故郷でいつも穏やかに見守ってくれる俊輔。龍也との別れ、そして再会。その時彼女は、いったいどのような選択をするのか...。


女の子ってのは、ちょっと危険な香りのする男に惹かれるものですかね。

 いわゆる三角関係というと、二人の間で心が揺れ動くというのが定番。ところがこの作品では、主人公はほとんど一方的に龍也に入れあげています。それを少し離れたところで優しく見守る俊輔。彼の存在を意識しつつも、龍也のことが忘れられないあかね。ここまで報われない立場で、俊輔はよく耐えられるなぁと妙に感心してしまいました。
 さて、この作品には前作「エンキョリレンアイ」で登場した人物のその後が語られていました。こちらも意外な展開に驚きました。

2010.06.20

重く、考えさせられる物語「カシオペアの丘で (上)(下)」

 忙しかったり気力が沸かなかったりで、読書もすっかりサボっていました。この週末は天気が良くない予報だったので出かけるのを見送ったおかげでちょっと時間ができたこともあり、以前に購入しておいた文庫本を開きました。作品は重松 清の「カシオペアの丘で (上)(下)」です。
 北海道にある北都市(架空の町)は、かつて炭鉱で栄えた町。30年前、まだ何もなかったこの丘に集まった小学四年生の四人組、トシ、シュン、ユウと紅一点のミッチョは将来この地に遊園地を造ることを夢見て誓いを立てます。そして現代、40歳を迎えた彼らの前には、「カシオペアの丘」と名付けられた遊園地がありました。トシとミッチョは結婚し、ユウは東京で就職。シュンは気まずい出来事から彼らと連絡を絶ち、家族とともに東京で暮らしていました。
 そんな中、一つの事件が再び彼らをつなげます。それをシュンの妻の恵理と息子の哲生、娘を失った川原、そしてこの町に興味を抱いたミウさんを巻き込み、人の輪がつながっていきます。そんな中、シュンが肺ガンに侵されていることが判明して...。


登場人物それぞれの思いが丁寧に語られています。

 なかなか重い作品です。この世から去る前に「ゆるされたい」と思う気持ちは純粋なもの。それを正面からぶつけあう仲間たちの姿が、とても切ないけれど前向きに映りました。各章で語り手が変わることで、それぞれの立場から見た関係が描写されていることが、作品に深みを与えていると思います。

2010.05.17

映画はほぼ忠実だった。「カフーを待ちわびて」

 旅の伴に選んだ本は原田 マハ「カフーを待ちわびて」。昨年映画化されて私も見に行きましたが、ストーリーの面白さやキャストの魅力にすっかりお気に入りの作品になりました。とはいえ、映画では「原作とは違うラスト」とされていたので、原作も読んでみたいと思っていたのです。
 与那喜島で雑貨店を営む青年、友寄明青はリゾート開発の視察で訪れた先の神社で「嫁に来ないか、幸せにします」という絵馬を奉納しました。すると、その絵馬を見たという女性、幸が彼の元を訪ね、いきなり一緒に暮らし始めます。思いがけない出来事にとまどう明青でしたが、彼女と過ごすうちに、彼の中に徐々に変化が芽生えます。しかし幸には明かせない秘密があったのでした。


原作もいいですね。映画のような結末になってくれるといいな。

 読んでみると、一部設定が変わっているところはありますが、映画は原作にほぼ忠実に作られていることがわかります。また、小説なだけに明青の心理が丁寧に描かれているので、映画では物足りなかった心情変化がよりわかるようになっていました。ラストは確かに映画とは違った形になっていましたが、映画のような結果になるといいなあ、と思わずにはいられませんでした。

2010.05.05

人は変われることを示してくれる「明日この手を放しても」

 GW4冊目は今月の新刊、桂 望実「明日この手を放しても」です。この作家も今回初めて読みました。
 いささか異常なほどの潔癖症で、かつ完全主義を貫く主人公の凛子は、19歳で病気のため視力を完全に失ってしまいます。将来に絶望する中、母親を交通事故で失い、さらには父親も謎の失踪を遂げる有り様。彼女には文句ばかりをつぶやく兄の真司がいるのですが、彼はいかんせん無遠慮で、お互いに噛み合わない兄妹でした。が、時間を経ていくうちに、二人がお互いに対する態度が少しずつ変わっていくのでした。


人は少しずつでも変わっていけるということを教えてくれます。

 様々な出来事を乗り越えていくうちに、お互いに不満しか抱かなかった兄妹が、やがて相手に対する理解と思いやりを見せるようになっていきます。その道のりはとても長くて、作中での時間はなんと12年。ただ、それだけの時間を費やして人が成長していく姿を描いたところに好感を持ちました。

2010.05.03

わかっていても、やるせない「瞬(またたき)」

 GW読書週間の3冊目は河原 れん「瞬(またたき)」、この作家の作品も今回初めてになります。
 花屋に勤める主人公の泉美は、恋人の淳一と2人乗りしていたバイクで交通事故に遭ってしまいます。泉美は奇跡的に軽傷で済みましたが、淳一は帰らぬ人に。ところが彼女は、その瞬間の記憶がなくなっていました。彼との最後の瞬間の記憶を呼び覚まそうと、彼女は偶然知り合った弁護士の真希子に事故調査を頼みます。そこで分かったことは、あまりにも悲しいことでした。


一瞬の大切さを教えてくれます。

 人は自分を守るために、記憶を閉じることがあるといいます。この作品はそれを肯定する一方で、恋人がかつて生きていたことを感じるために、あえてそれを知ろうとする主人公の葛藤や苦しみが描かれていて、重苦しい雰囲気が全編に漂います。主人公のその後がはっきりしないだけに、ハードさだけが心に残りました。作者のメッセージが今一つ感じ取れなかったような、そんな気がします。

2010.05.01

テレビ素材らしさが垣間見えた「たったひとつの恋」

 GWの2冊目は北川 悦吏子「たったひとつの恋」です。数年前にドラマ化されたそうですが、私はテレビドラマはほとんど見ないので、ストーリーについては全く知らない状態で読みました。
 自殺した親から引き継いだ工場を支えて働く弘人は、ひょんなことからジュエリーショップの娘の菜緒と知り合います。お互いに取った態度に反発する2人でしたが、やがて気になる存在になっていくのでした(お約束?)。しかし2人の間には大きな障害が立ちはだかっていたのでした(これもまたお約束)。


ベタですね。ベタです。でも、親指の恋人よりはるかにマシ。

 環境が大きく異なる恋人同士の話といえば、結局はシンデレラストーリーで、結末もある程度は予想もつこうというもの。そういう点ではあまりサプライズもなく、淡々とストーリーが続く感じです。ラストは...まぁ、それなりかな。
 さて、読んでいて感じたのが場面の展開。やっぱり作者が脚本家というだけあって、カット割りがテレビの雰囲気そのままでした。あまり小説を読んでいるという気にならなかったのが、個人的にはちょっと誤算でした。

2010.05.01

息を飲む展開の連続「サクリファイス」

 電車で出かける用事があったので、またもや文庫本を携えて出かけました。作品は本屋大賞で2位になったという近藤 史恵「サクリファイス」です。
 将来を嘱望されていた陸上選手だった白石誓は、テレビで観た自転車のロードレースの魅力にとりつかれ、プロの道を歩み始めます。勝つことが当然という個人競技ではなく、チームのためにエースをアシストするというポジションを好んだ彼でしたが、やがて微妙な立場におかれることに...。


自転車ロードレースの楽しみ方を教えてくれる作品です。

 一見、さわやかな主人公の成長物語のようにも見えるのですが、実はミステリーの要素が強かったです。チームのエースである先輩の過去。疑いが疑いを呼び、さらにその裏に隠された事実。終盤の展開はスピーディかつ思いもよらない展開で楽しめました。最後に明らかになった真実は衝撃的なものでした。
 さすが本屋大賞2位の作品、楽しめました。

2010.04.24

結末に唖然「エンキョリレンアイ」

 前の一冊からずいぶん間隔が開いてしまいました。最近、集中力が低下しているのか休みの日でもあまり読書をしようという気にならないのです。ただし、この週末は電車で出かける用事があったので、それに乗じて比較的短い作品を選びました。本は小手鞠るいの「エンキョリレンアイ」です。
 就職のため4年間を過ごした京都を次の日に控えた桜木 花音は、アルバイトの書店で井上 海晴という青年と出会います。お互いに強く惹かれあう2人ですが、彼は翌日留学のためにアメリカへと旅立ってしまいます。メールや電話を通じてつながりを確認していく2人ですが、色々な事件が持ち上がって...。


ちょっと都合が良すぎるかも...。

 2人のやり取りが海晴からのメールだけを見せられるせいで、その間の主人公の想いや出来事を想像させる書き方になっています。気になる相手からの電話やメールを待つのって、やっぱりドキドキするもの。それを上手く表現していて、主人公たちに親近感が湧きました。が、一方でちょっと「ぶっ飛んだ」結末に唖然としちゃいました。おいおい、それは都合が良すぎるでしょう。こういう筋書きが書けるのって、やっぱり女流作家ならではなのかな?

2010.03.21

冒険心を思い出した「少年の輝く海」

 今週の一冊は堂場 瞬一「少年の輝く海」です。舞台は本四架橋がかかる前、瀬戸内海に浮かぶ瀬戸島。東京から山村留学生としてやってきた浩次。彼は同級生の計から水軍の沈没船が描かれた海図を見せられ、それを探そうとします。それは退屈からの逃避だったのですが、やがて同じ留学生で水泳エリートだったの花香との交流や、沈没船の危機、謎の老人との出会いを通じ、徐々に変わっていくのでした。


久しぶりに「冒険する心」を見たような気がする。

 短いながらも中身の濃い作品でした。久しぶりに「冒険する心」を見た気がします。中学生のころって、退屈な中に新しい刺激を探そうとしますけど、それがよく表現できていると思います。ラストはちょっと物足りない気がしますし、実世界の嫌なところも描かれていて爽快というわけには行きませんが、なかなか面白い作品でした。

2010.03.07

極限で自分と闘う姿に感動「DIVE!! (上)(下)」

 秋田行きに持参した作品は森 絵都の「DIVE!!」の上下巻です。先年映画化もされたそうですが、私はそれは見ていません。なので、全く予備知識なしで作品を読みました。
 スポーツ用品メーカー傘下のダイビングスクールで、競技飛び込みをしている中学生、坂井知季。そして、そのダイビングスクールを引っ張る高校生エースの富士谷要一。彼らの前に突然新しい女性コーチが現れます。さらに、そのコーチが青森県から呼び寄せた高校生、沖津飛沫。彼の祖父はかつて飛び込みの名選手でした。この3人が、シドニーオリンピックを目指すことになります。色々な悩みを抱えつつもそれぞれに成長していく3人。果たして彼らはオリンピックへ出場することができるのか?


これも面白かった。3人それぞれの成長が見えて、感動。

 競泳に比べるとどうしてもマイナーに見えてしまう飛び込み競技ですが、それにスポットを当てたのは見事。特に最後の試合の描写は手に汗握る緊張感をよく伝えていると思います。3人それぞれの成長をていねいに描いているので、一つ一つの物語を確実に終わらせているのが好印象です。さわやかな、いい作品ですね。一つだけ残念なのが、飛沫の最後の演技のすばらしさが文章から今一つ伝わってこないこと。競技の性格上しようがないのですけど、そこだけはちょっと残念でした。

2010.02.28

さまざまな答えを見せる「草にすわる」

 先日直木賞を受賞した白石 一文の短編集「草にすわる」を読みました。大企業を辞めた主人公が、付き合って1年になる彼女に過去の不幸を聞かされ、ともに死のうと決意。睡眠薬で自殺を図る「草にすわる」。60歳を過ぎた大物作家が、息子のトラブルを機に自分の成すべきことに気づく「砂の城」。そして先輩記者と世紀のスクープを追いかける「花束」の3編です。


三者三様の答え。どこへ行くのか...?

 三者三様の結末ですが、共通していることは気づきと再生への決意。成功した者、失敗した者、得た者、失った者。様々な思惑が入り交じる中で、主人公達が前向きになる姿を見せてくれるのにほっとしました。

2010.02.20

歴史の重みは簡単には拭えない「真夏の島に咲く花は」

 列車の旅3冊目は垣根 涼介「真夏の島に咲く花は」です。
 舞台は南海の島国、フィジー。幼少期に日本から移住し、現在は日本料理店を経営するヨシ。インド系住民であり、近くで土産物店の娘で同級生で、今はヨシの恋人であるサティー。同じく同級生で生粋のフィジー人であり、周りからの人望の厚いチョネ。そして日本からワーキングビザで働きに来ていた茜(アカ)の4人をめぐる物語です。そんな中、首都でクーデターが発生。彼らの生活も一変し、やがて大きな波に巻き込まれていきます。


現実の話題とリンクしているので、とても興味深い。

 基本的には4人の人間模様なのですが、フィジーの歴史的な成り立ちから、人種間の軋轢などの問題点に切り込んている点で、とても硬派な作品でした。ラスト、それぞれの選択が紹介されて物語は幕を閉じますが、紹介文の中にある「幸せとは何か」について明確に示されたものがなかったのがちょっと物足りない気分です。

2010.02.20

またも脱力系前向き「図書館の神様」

 列車の旅2冊目は瀬尾 まいこの「図書館の神様」です。前々から読みたかったのですが、なかなか本屋で見つからず諦めかけた時、近所の小さな本屋さんでようやく見つけました。彼女の作品は脱力系の文章の中に、前向きになれる力が込められているのが私は気に入っています。
 生まれ故郷を離れ、海の近くの高校に講師として勤める清(きよ)。彼女は高校時代に辛い想い出があるのですが、不倫相手の浅見さんや、弟の拓実の支えもあってなんとか日々を過ごしていました。ひょんなことから部員がたった一人である文芸部の顧問となった彼女ですが、部員である垣内くんと全く話が噛み合わず...。


微笑ましいやり取り。脱力の会話。でも、最後に残るのは希望。

 面白かった。彼女の作品は表向きの軽さや脱力感の下側に、やや重いテーマが透けて見えるのが特徴で、今作も主人公が不倫していたりとただののほほん小説とは一味違います。それでも最後にすっきり感が味わえるのは、どうしてなんでしょうねぇ。

2010.02.20

ラストに驚きが待っていた「恋愛寫眞 もうひとつの物語」

 列車の旅に持参したのが市川 拓司の「恋愛寫眞 もうひとつの物語」です。彼の作品は「いま、会いにゆきます」「そのときは彼によろしく」と読んできましたが、特徴としては成熟していない主人公が周りとの触れ合いの中で大事なものに気づくというものが多いような気がします。
 物語は大学生の誠人が、同じ大学に通う静流と出会うところから幕をあけます。どこか彼女のことが気になる彼には、実はみゆきという憧れの存在がいました。それを察しつつも次第に距離が縮まっていく誠人と静流。ところが卒業間際、ある事件をきっかけに姿を消す静流。そして終章、驚きの展開が彼を待っていました。


過去2作と違い、思いもつかなかった展開に引き込まれました。

 終盤まではある意味"普通"の展開でしたが、エピローグでは思いもつかなかった展開に引き込まれました。正直、意外な人物が重要な役割を持っていたことに迂闊にも気づかなかったのがちょっと悔しい。ちょっと前半と後半の落差が激しくて、作品としてはメリハリに欠けるような気もしますが、楽しめました。

2010.02.17

甘くも哀しい「あなたに逢えてよかった」

 2月最初の作品は新堂 冬樹の「あなたに逢えてよかった」です。この作家の作品は過去に「忘れ雪」「ある愛の詩」を読んでいるのですが、ちょっとベタすぎるところがあって、個人的には絶賛というほどではなかったなという印象がありました。今作品はそれに続くものということで、読んでみる気になりました。が、男性的にはちょっと気恥ずかしい装いです。
 紅茶専門店で働く夏陽は、いつも訪れる客、純也に「おいしい紅茶を飲みに行きませんか?」と誘われます。悲しい過去を持つ彼女は、彼の優しさに惹かれていきます。彼は病院で作業療法師として働いていて、患者の記憶障害と向き合っているのですが、そんな彼に不自然な言動が現れて...。


考えさせられる重いテーマが潜んでいました。

 相変わらずベタですけど、これ以外の結末はないんじゃないかな、という思いがしました。記憶をなくして行くに伴い、周りのことがわからなくなっていくという恐怖。本人も苦しいし、何より周りも辛い。そういったシチュエーションはこれからますます増えていくであろうだけに、考えさせられる作品でした。

2010.01.31

強く生きること「森のなかの海 (上)(下)」

 只見線の旅に持参したのが宮本 輝「森のなかの海(上)(下)」です。行程中だけでは読み切れず、日曜日の午後を使って読み終えました。私はこの作家の作品は関西を舞台にしていたり、作中の登場人物が今の自分に年齢が近いことが多いことから、好んで読んできました。
 東京の実家に息子2人を預け、短期赴任する夫と兵庫県西宮市に住んでいた主婦、仙田希美子は阪神淡路大震災に遭遇します。ほんのちょっとしたことが生と死を分けたこの地震。夫に連れられ大阪に避難した彼女は、夫の勧めに応じて東京へと一人戻ります。ところが、夫には愛人がいて姑もその関係を認めていたことがわかります。離婚した彼女は学生時代に知り合い、奥飛騨温泉郷に近い山荘に住む老婦人、毛利カナ江から山林や財産を譲り受けることになります。両親や妹、そのボーイフレンドの助けを借りて飛騨で新しい生活を始めた彼女達のもとに、震災で両親を失った三姉妹や、その友人達が転がり込み、奇妙な集団生活が始まって...。


今作も女性が強く生きて行くことを示した作品でした。

 宮本輝の作品のテーマの一つに「女性が強く生きて行く姿を描く」というものがあると私は考えています。この作品はまさにそれを踏襲したものといえるでしょう。離婚で傷ついた主人公が、周りとの触れ合いや毛利カナ江の過去を知ることで少しずつ強くなって行く...。後半には毛利カナ江の秘密が徐々に明らかになってきて、それも「強く生きる」ことを鮮烈に読者に示しているようです。読み終えてすがすがしい気持ちが残りました。ただし登場人物が多すぎて、それぞれの人物描写がちょっと甘く見えるのがちょっと残念です。

2010.01.27

平坦な道が続く...「きみの愛が僕に降りそそいだ」

 お出かけを断念し、代わりに読んだ作品がこれ。喜多嶋 隆「きみの愛が僕に降りそそいだ」です。この作家の作品はこれまでも何冊か読んでいますが、どの作品も展開がオーソドックスでサプライズが少ない。また、設定も近いものが多いのでどれも同じに見えてしまう...という特徴があります。ただし逆の視点から見ると「安心して頁を開ける」という一面があるので、決してつまらないと言っている訳ではありません。でも、もうちょっと違った作品も読みたいんですけどね。
 東京で活動するカメラマン、本田哲男はふとしたことで身体と心のバランスを崩し、仕事を休むことを迫られます。彼は生まれ故郷に戻ってぶらぶらと過ごすうちに、近くの食堂の女主人、凪と知り合います。彼女と交流するうちに徐々に快方に向かって行く哲男ですが、彼女はやっぱり訳ありで...。


どこをとってもオーソドックス。

 短いこともあってすらすらと読めました。終盤に意外な展開はあるものの、やっぱり落ち着くところに落ち着いたかなというのが印象。あくまでも男の視点から語られたものなので、ちょっと生々しい表現もあるものの、主人公の気持ち的にはまぁ分かるところもあります。願わくばもうちょっと凪の人物像を浮き出させてくれればもっと良かったかな、とも思います。

2010.01.23

本物が描く息もつかせぬ緊迫感「上海クライシス (上)(下)」

 大糸線をめぐる旅で読んだ作品は、春江 一也「上海クライシス (上)(下)」です。この作家の作品は初めてですが、上海は私にとっても馴染み深い街でもあるので、読むのを楽しみにしていました。
 1989年、中国内陸部、新疆ウィグル自治区の区都ウルムチで爆弾テロが発生。それを仕掛けた少年ヤマンはアフガニスタンに逃亡。12年後、アフガニスタンでゲリラとしてタリバンと戦っていたヤマンは、司令官よりアメリカへの使者としての命令を受け、アメリカへと渡ります。一方、ヤマンの妹ライラは中国公安の監視下に置かれていたものの、逃亡し上海に潜伏。そこで日本総領事館の職員、香坂と出会います。そして、それらを注意深く見つめる中国公安の徐。蠢く策謀、国の腐敗、知られざる権力闘争...別々に繰り広げられるそれぞれのドラマが、やがて驚きの終局に向け収束していきます。


耳慣れた題材を大胆に構成。どこまでが真実なのか気になります。

 冒険小説としてみると面白かったです。著者は元外交官ということで、国と国の関係や、外交の裏側にあるものを要所で披露することにより、図らずも作品世界の深みを増しています。また多くの人物が実名で登場し、かつ現実に起きた事件をモチーフにしているだけに、事実とは異なるフィクションと断りながらもリアリティを演出した作品になっているようです。ニュースで見た覚えのある事件や出来事を、背景にあるものを使ってこの様につなげられるとは。まさに見事の一言です。
 惜しむらくは、終盤の盛り上がりが若干物足りない気がするのと、実際の出来事を肯定して書かれているせいか、誰が主人公なんだかよく分からない(苦笑)ところでしょうか。ただし、ストーリーの面白さからすれば取るに足らない話ではあります。
 この作者の他の作品も読んでみたくなりました。

2010.01.16

またもドロドロ「おいしい水」

 長い帰路で読んだのが盛田隆二の「おいしい水」です。この作者、前回読んだ「夜の果てまで」がかなり訳分からん作品だったので敬遠していましたが、あらすじを見る限り「理解できるかも?」と思ったので読んでみました。都内の集合住宅に住む専業主婦の弥生は、子供が幼稚園に行ったのを機に再び働こうとします。ひょんなことからダウン誌のライターとなり、再び社会との関わりを強めて行きます。一方、マンションには新しい入居人があって、家族ぐるみでつきあうようになるのですが、やがて何かが狂い始める...。


テーマは「結婚とは何か」でしょうかね。

 んー、やっぱり分からんなーというのが印象。テーマは「結婚とは何だ?」と言えますが、登場する人物が自分の考えとして色々なことをしゃべります。ただ、私には正直共感できるセリフがなかったので、なんだか逆にリアリティがないような...。ま、仮に世の中の大半がこういった事情なんだとすると、「結婚なんてするもんじゃない」と思うかもしれないな...。

2010.01.16

成長がないことは、心を打つのか?「雨鱒の川」

 白石への旅のお供として選んだ小説が川上健一「雨鱒の川」です。東北地方の村で、母親と二人暮らしの少年、心平は絵を描くことと川魚を捕ることが大好きで、勉強やスポーツには見向きもしません。一方、心平の母親の勤める造り酒屋の娘、小百合は幼い頃に聴力を失っているのですが、心平と祖母だけには心を開いていました。そんな中、心平は川で大きな雨鱒を見かけます。なんとか捕らえようとしているうちに、やがて雨鱒の心がわかるようになって...。
 読み終えて思ったのは「爽快感がない」こと。これまで川上健一の作品は読み終えた後のすっきり感が残ったのですが、この作品は希望のない終わり方ではないのにそれがありませんでした。おそらく主人公の「曖昧な意思表示」というのがずっと尾を引いているという印象です。決して悪い話だとは思わないのですが、高校生になっても主人公達に成長が見られないというのがその要因かも...。


なんだろう、このすっきり感のなさ。

2010.01.09

登場人物が多すぎて困惑「ブラバン」

 映画を見に行く時に読んだ作品がこれ、津原 泰水の「ブラバン」です。舞台は広島で、現代と主人公達が高校生だった1980年前後を織り交ぜたお話。主人公は小さなバーを経営する「僕」。彼は高校時代、怪我をしたメンバーの代理として吹奏楽部に入部します。あまり乗り気ではなかった彼ですが、コンクールや合宿を行ううちに、やがて部の中心メンバーになっていきます。25年後、先輩の結婚を機にバンドを再結成しようという話が持ち上がり、彼は否応なくそれに巻き込まれて行くことに。四半世紀の後、一体どれだけのメンバーが集まるのか...?


なかなか一度では人間模様がわかりません。

 難しかった。いや、ストーリーはどうということはないのですが、とにかく登場人物が多い。一度読んだだけでは全体の人間模様がさっぱりわかりませんでした。じっくりと読んで行くと、登場人物それぞれには明確な役割があって、そういう意味ではよくできた(というか計算された)作品だと思います。また、音楽用語が氾濫しているので、私にとっては正直ちんぷんかんぷん(笑)。おかげで感動も半分になっちゃったかな...? 明確なメッセージの押しが見られないので、二回、三回よまないとなかなか納得できそうにないです。

2010.01.04

まさに最高傑作! 文句なしに面白い「一瞬の風になれ」

 帰省の供に選んだ本は、夏に購入しながらなかなかまとめ読みする時間がとれず、そのままになっていた長編作品。佐藤 多佳子の「一瞬の風になれ」です。構成は「第一部 イチニツイテ」「第二部 ヨウイ」「第三部 ドン」の三冊。この作品、色々なところで書評を見ましたがとても評判が良く、読むのを非常に楽しみにしていたのです。帰省の飛行機やバスの車中や待ち時間を使って3日がかりで一気に読みました。
 サッカーのプロ選手を目指す兄を持つ中学生、神谷新二は「兄には敵わない」という思いから、高校では別の道を進もうと決意します。彼はひょんなことから幼なじみで、陸上をやっていて将来を嘱望されたスプリンター、一ノ瀬連と陸上部に入部することに。やがて彼は陸上競技の面白さにハマり、種目の中でも4人で行う400mリレーに特別な思いを抱くようになります。それを囲む仲間たちやライバル。短距離走を選んだ彼は、高校の3年間でどれだけ成長できるのか?


とても爽やかな作品、手放しでお勧めです。熱いココロを思い出しました。

 結論です。新年早々いきなり感動してしまいました。とてもすばらしい作品だと思います。
 やや脱力気味の主人公ですが、これが至って真面目。陸上競技のスタート前の緊張感や、仲間や先輩、ライバル達との楽しくも熱いやりとり。何か忘れていたものを思い起こさせてくれたような気がします。自分(=私)も高校時代は競技スポーツをしていたため、試合前の緊張感などを知っているせいか、この作品世界にすっかりシンクロしてしまいました。学年が進むにつれ、考えることが増えていく。自分(≠私)だけではなく、周りのことも気にしながら。失敗もあるけれど、それを糧にして自分(≠私)も成長して行く。自分(=私)の辿ってきた道と重ね合わせながら読むことで、懐かしい気持ちも味わえました。
 佐藤 多佳子さんの作品は主人公のモノローグで進むことが多く、その意味では見慣れた文体なんですけど、主人公がまっすぐに成長して行くのが丁寧に書かれているので、どんどんのめり込んでいってしまいました。
 文句なし、万人にお勧めできる作品です。一言で表すなら「陸上競技版の硬派な"タッチ"」といえるかな。