2009.12.20

おっと、そう来たか...「九月の恋と出会うまで」

 前作「雨恋」がいまひとつだったので躊躇しましたが、あまりテーマの重くない作品を読みたくなって手に取りました。松尾 由美著「九月の恋と出会うまで」。ストーリーは写真を趣味にする二十七歳の独身OL、志織が訳ありアパートに引っ越すことから物語が始まります。ところがひょんなことから、エアコン用に開けられた壁の中から声が聞こえてくることを発見。恐る恐る会話してみると、なんと1年後の隣人と話ができるというのです。その(1年先にいる)隣人は訳も話さず、1年前の自分を監視して欲しいと志織に依頼。なぜ彼はそんなことを...?


前作と似たような展開ですが、こちらの方がサプライズがあるだけ面白い。

 前作「雨恋」と雰囲気がなんだか似ているだけに、前半部分は「またか...」という印象でしたが、後半にちょっとしたサプライズが待っていました。「なるほど、そうきたか...」てな印象。色々な伏線が散りばめられていて、私もすっかりだまされました。ミステリーではないけれど、ちょっと謎解きの要素もあって楽しく読めました。ただ、読んで何かを得られたかと言うと、何もないかなぁ...。

2009.12.19

安易すぎる結末が不快「親指の恋人」

 映画を観に行く往復と、あとはちょっとした時間を使って文庫本を1冊読破しました。石田 衣良「親指の恋人」です。
 物質的には恵まれた環境でありながら、小学生時代に母親が自殺したことをトラウマに持ち、自らの存在に懐疑的な主人公、スミオ。一方で経済的事情から高校にも行けず、スミオと同じ年齢で既に働いているジュリア。そんな二人がふとしたことから出会ったことで、ストーリーが幕を開けます。お互いのことを知り合い、やがて離れられなくなって行く二人。そんな中、次々と降りかかってくる問題。彼らの行く末は...?


流行りモノのパーツを寄せ集めただけにも見える。

 感想ですが...浅い。テーマは格差のある社会で、その上と下との間にある溝を埋めることができるのかだと思います。現代社会の問題点を捉え、それに現代の小道具を使ってストーリーを構築しようとしているのはわかりますが、それぞれの言葉に深みが足りないので、薄っぺらく感じてしまうのです。題材が身近な問題だけに、ラストのある意味安易な結末が何とも不快。こんなことで人の心が動くと思いますかね?

2009.12.05

過失の連続、その先にあったものは?「暁の珊瑚海」

 週末の本は「暁の珊瑚海」です。太平洋戦争序盤、昭和17年春にニューギニア西方の珊瑚海で日本とアメリカ機動部隊の間で発生した「珊瑚海海戦」。その一連の過程を描いたドキュメントです。
 日本海軍とアメリカ海軍の間で発生した機動部隊同士の戦いといえば、戦争全体の転機となった「ミッドウェイ海戦」があまりにも有名ですが、その前に起きたこの戦闘はそちらの戦いにも間接的に影響を与えています。この内実を描いたものがなく、結果でしか知らないその経過に興味を持って読みました。


お互いに過失の連続...その結果は、次の局面の必然につながる。

 ドキュメントだけあって非常に淡々と現実を描写したものゆえ、考えさせられる事も多い。後に名将・闘将と謳われた司令官の人間にあふれる迷いや不安、決断の瞬間が生々しく描かれています。普通に考えれば「いくらなんでもそれは無理だろう」と思う事が強行されたり、失敗したがゆえに次手が妙に慎重になったりと、極限状態の中で人間ならではの姿が見えてきます。
 組織においても個人においても歴史から学ぶ、というのは非常に大事であることを改めて再認識しました。

2009.11.24

テーマが見えない「見えないドアと鶴の空」

 出張に持参した2冊目は白石 一文「見えないドアと鶴の空」。主人公、昴一は2年前に出版社を辞めて失業中。一方、妻の絹子は広告代理店に勤めるかなりのやり手で、家計は彼女が支えている状態。そんな彼が絹子の幼なじみ、由香里の出産に立ち会ってから、3人の関係は徐々に変わっていきます。その関係の中、由香里が持つ不思議な力に気づいた昴一。その謎を追って彼女達の生まれ故郷に飛んだ彼は、やがて驚愕の事実を知る事に...。


テーマも結末もなんだかよくわからない...。

 感想ですが、正直結末もテーマもよくわからない印象です。内容がいささか現実離れしている感があって、どうもしっくり来ませんでした。私はこの人の作品では「一瞬の光」などが好きなのですが、それとは全く違う雰囲気にはっきり言って違和感を覚えた次第。この作品で一体何を語りたかったのでしょうか...?

2009.11.23

衝撃の結末に言葉を無くした「でいごの花の下に」

 出張に文庫本を2冊持参し、移動中や夜寝る前の時間を使って読破しました。まずは池永 陽の「でいごの花の下に」。プロカメラマンの恋人が突然死を匂わせるメモと、何が写っているのか知れない使い捨てカメラを残して失踪。雑誌のライターである耀子は彼を求めて、出身地の沖縄を訪ねます。断片的な手がかりをもとに彼の姿を探す彼女は、彼と親交のあった沖縄戦の悲劇を知るペンションの経営者、照屋に協力を求めます。彼の孫娘やその幼なじみを交え、次第に明らかになってくる恋人の過去。それと同じ業を持つという照屋の苦しみ。果たして彼女は恋人に辿り着けるのか...?


硬派な物語。後半の展開は衝撃的。考えさせられる話です。

 ストーリーに関して言えば、久々に読み応えのある硬派な小説を読んだかな、という感じです。ラストの展開は衝撃的で、あまりに印象が強すぎて忘れられない作品になりそうです。さて、もう一つのテーマが沖縄の歴史。我々にとって沖縄とは南国リゾートのイメージがどうしても強いのですが、そこに至までには筆舌に尽くす悲劇と苦しみがあったことを、この作品は教えてくれます。私も沖縄を見る目が少し変わった気がします。

2009.11.16

やるせない結末「冷えた月」

 有休を使ってもう1冊読破しました。作品は谷村 志穂「冷えた月」。北海道で子供を自然に触れさせる活動を行っている靖季と百合香夫妻。彼らには3歳後半の娘・葵がいて、幸せな家庭を築いていました。そんなある日、彼らの活動メンバーの一人が水難事故で亡くなり、事態は思わぬ方向へ。靖季は自責の念に捕らわれ、未亡人の元へと通うようになります。一方、百合香は彼の心が離れて行くのを感じ、過去に関係を持った男の元へと走ってしまいます。崩壊へと向かう家族の行く末とは?


ある意味、最終章で描かれる姿は悲劇かも。

 終盤の意外な展開に驚きました。最終章で描かれた結末は、ある意味で悲劇と呼べるものでしょう。見た目以上に、雰囲気の重い作品でした。

2009.11.15

一体何が不満なのか?「ウエハースの椅子」

 気がつけば1ヶ月も読書をサボっていました...。久しぶりの本は江國 香織「ウエハースの椅子」。主人公は画家で38歳になる女性。彼女は独身ですが、心が通っていると思える恋人がいて、彼との何気ない交流の中で静かに暮らしていました。時々子供のころのことを思い出し、それと現実との間に漂う主人公。やがて彼女は孤独と絶望とにとりつかれてしまいます。


なんだかよくわからない。主人公の思いは理解不能。

 はっきり言って、何か言いたかったのかよくわかりませんでした。裏表紙には「恋することの孤独と絶望を描く傑作」とありますが、それが私には具体的に読み取れなかったのが残念。これだけの頁をめくって得られたものがないのに、脱力しました。

2009.10.11

それは簡単で難しいこと「もしも、私があなただったら」

 久しぶりに読書の日曜日としました。作品は私にとってはもうお馴染みの作家、白石一文の「もしも、私があなただったら」を選びました。
 物語の舞台は博多。一流繊維メーカーを退職し、故郷の博多でショットバーを開いた49歳の主人公、啓吾。そんな彼の元に会社時代の盟友の妻、美奈が訪ねてきます。彼女は6年前に彼が東京を去る際に想いを打ち明け、それを拒絶された経緯がありました。そして再会した彼に彼女は驚きの言葉を告げます。「あなたの子供を産みたいんです」と。


思えば簡単なことかもしれない、でも実際には難しい。

 ちょっとした仕掛けのおかげで、彼女や盟友への疑念がなかなか払拭できない。そんなもどかしさが漂うストーリーですが、最後に気になっていた事柄の事実が明らかになると、すっきりとした気分になれました。この作品のテーマは「もしも相手に変われたなら、あなたはどうしますか?」ということ。事実、この投げ掛けは複数の登場人物にそれぞれ投げ掛けられます。相手もやはりそうするだろう、ということもあれば、やはり自分は違う道を選ぶということも。それぞれ絶対の正解はないのでしょうが、それが一致した時こそ、正しい選択だったといえるということなのでしょう。

2009.10.06

どこかつかみどころがない「満月の夜、モビイ・ディックが」

 私は朝が早いので、ツーリングなどに出掛けても仲間が目覚めるはるか前に起き出してしまいます。そこで、この時間を有効に使うために文庫本を一冊持って行きました。片山恭一「満月の夜、モビイ・ディックが」です。
 崩壊した家庭にいて、モーツァルトを好み、ブラックバス釣りにのめり込む大学生の主人公、鯉沼。ある日彼はダム湖のほとりに住む画家のタケルと知り合います。一方、大学ではひょんなことから同級生の香澄とつきあうようになり、徐々に彼女に惹かれてゆきます。その2人と車で旅をすることになるのですが、その旅路の果てには驚きの結末が...。


なんだか、すっきりしない終わり方だったな。

 意外にも重い作品でした。なんだか「ノルウェイの森」の影響が見られるのかな。主人公が妙に醒めていて説明的、かつ皮肉たっぷりなのであまり楽しくは読めませんでした。読み終えて感じたのは「なんか、つかみどころがない」という印象だけです。この作品で、筆者が言いたかったのは一体何なのだろう。私にはよくわかりませんでした。

2009.09.20

本当にそう思う?「薄闇シルエット」

 9月の2冊目は角田光代の新刊「薄闇シルエット」です。この作者の作品は初めてなので、興味を持って読み始めました。
 ストーリーは37歳になる独身女性、ハナをめぐる物語。彼女は長年付き合った恋人からプロポーズされるも、それをなんとなく拒絶。共同経営する店では共同経営者との間に少しずつ生じたズレから対立してしまう。そんな中、幼い頃の確執から寄りつかなくなった実家では母親が倒れてしまい...。結婚やお金儲けという幸せが欲しい訳ではない、でも自分で何をしたいのかがわからない。そのギャップに彼女は悩み続けるのでした。


立場は違えど悩みは同じかも。

 テーマについてはわかるような、わからないような...。作中では「結婚はしたくないけど、恋はしたい」など、普通に考えると「それって何なんだ」と思うところもありますが、まあ人のことは言えないか(苦笑)。帯には「いつかきっと、なにかつかめる」とありますが、正直思ってしまったのは「そうかな?」。
 自分の場合、今の段階では仕事で明確な目標があるからいいのですが、それがなくなったらこうなってしまうのかな。ちょっとした不安を感じてしまった作品でした。

2009.09.19

またもや...「On The Beach」

 三度、喜多嶋隆の短編集です。タイトルは「On The Beach」。タイトル通り「海」の近くで展開される作品群で構成されています。ハワイで暮らすカメラマンが、6年前に別れた恋人と再会する「ノース・シェア・セレナーデ」。湘南の別荘に招かれた青年とのひと夏の恋模様「風を見ていたサバ」。ケガをした仲間の代わりにピッチングの相手をしてくれた女の子との交流を描いた「敗戦投手に、口づけを」。小説家が小学生の頃の初恋を振り返る「あの日、『ペニー・レイン』を歌ったね」。砂浜で練習をするプロゴルファーに惹かれて行く女性を描いた「潮風のパスタ」の5編です。


海の近くで繰り広げられる物語。

 それぞれ短編なので、サクサクと読めました。ただし短いだけにヒネリがないので、ちょっと物足りないでしょうか。映像化するにはいい素材かもしれませんが、文章で読むとあまり印象に残りません。「君はジャスミン」「サイドシートに君がいた」と同じようにしか感じませんでしたが、魅力的な脇役や小道具がない分だけちょっと退屈しました。

2009.08.31

それぞれのカタチ「どれくらいの愛情」

 出張の移動時に読んだ本は、好きな作家の一人である白石一文の作品「どれくらいの愛情」です。バツイチで39歳になった主人公が、20年前に自分宛に書いた手紙によって大切なものに気づかされる「20年後の私へ」。急逝した作家と、その縁から生まれた夫婦の間にある秘密が、複雑に絡み合って行く「たとえ真実を知っても彼は」。不倫により家庭が壊れた過去を持つ女性が、図らずも逆の立場に立つことになる「ダーウィンの法則」。5年前に女性の裏切りによって結婚直前に破局を迎えた主人公が、その女性と再会。その別れの理由が明らかになった時、主人公が気づいた大切なことを示す「どれくらいの愛情」の4編です。


4編で構成された短編集、それぞれに味がありました。

 4編それぞれが個性的な話なので、面白く読めました。一番興味深かったのは「20年後の私へ」です。男女の違いはあれども境遇でわかるところもあり、行く末が非常に気になってしまいました。

2009.08.17

仲間のすばらしさを教えてくれる「風が強く吹いている」

 お台場まで実物大ガンダムを見に行く往復+αで、文庫本を1冊読破しました。作品は三浦しをん「風が強く吹いている」です。都内の大学に進学した蔵原走(かける)は、ひょんなことから清瀬灰二という同じ大学の4年生に出会い、彼と同じアパートに住むことになります。そのアパートは竹青荘といい、時代を間違えたかのようなオンボロアパート。ここには他に8人がいて、それぞれに個性的な面子。その中に入って生活に慣れ始めたある日、清瀬から思わぬ宣告が下されます。それは何と箱根駅伝に挑戦するというもの。ともかくも練習を重ね、予選会に進んだ彼らの運命は...。


久しぶりに爽快感を味わえました。お勧めの一冊です。

 感想です。久しぶりに爽快感を味わえました。十人それぞれが持つ思いが、襷によって繋がって行く後半はハラハラドキドキの展開です。そこに流れるのは限界に挑戦する自分と、それを支えてくれる仲間のありがたさでしょうか。こう書くとなんだか重苦しい根性ものを想像するかもしれませんが、所々で粋なおとぼけが用意されていて、楽しく読めました。

2009.08.15

あえてこの時期に読む「軍艦武蔵 (上)(下)」

 今年も終戦の日が巡ってきました。この季節は日本人にとって「平和とは何か」を考える機会でもあります。本当は別の作品を読むつもりでしたが、書店の新刊の棚にこの作品を見つけて予定を変更しました。文庫本の上下巻でページ数が一三〇〇頁を超えるボリュームでしたが、一週間の半分を使って読破。その作品とは手塚正巳「軍艦武蔵 (上)(下)」です。
 もはや説明する必要もないほど有名ではありますが、「武蔵」とは太平洋戦争時に日本海軍の建造した最後の超弩級戦艦で、世界最大の主砲を装備した最強の戦艦のはずでした。ところが完成時には時代は航空機動部隊が主力となっており、あまり戦果を上げられないままフィリピン・シブヤン海に没した悲劇の艦です。同型一番艦「大和」があまりにも有名になってしまい、その影に隠れてその実態はあまり知られていません。その艦の生涯を膨大な証言を集めて構成したのがこの作品です。


膨大な証言を集めた、武蔵研究の決定版とも言える作品となったようです。

 この艦を扱った作品といえば吉村昭「戦艦武蔵」が有名です。本作では著名なエピソードだけではなく、知られざる兵士の日常生活などを描いていて、なかなか興味深いものがありました。また、武蔵だけではなくその運命に深くかかわる駆逐艦「清霜」「濱風」を取り上げており、多方面からの検証が行われていました。
 今回読んでみて感じたことは兵士も「人間」であるということ。こういう戦記ものでは「勇猛」「死を恐れない」といったところが強調されることが多いのですが、この作品では兵士たちの「生への執着」がごく普通に描かれているのが印象的でした。
 久しぶりに読み応えのある硬派な作品に巡り会いました。

2009.07.28

言葉とは音だけではない「レインツリーの国」

 連休中に読んだ3冊目は今月の新潮文庫の新刊である有川浩「レインツリーの国」です。こちらの作家も今回初めて。後で調べると私と同郷の女性作家でした。これまではSFやミリタリーテイストの作品が多かったそうなのですが、最近はその他のジャンルの作品も書いているそうです。さて、結論から言うと久しぶりに共感できる作品に巡り合いました。

 主人公の向坂伸行は、ある時中学生の頃に読んで印象に残っていた小説「フェアリーゲーム」についてネット検索し、ある女性が書いた感想を発見します。そのサイトの名は「レインツリーの国」。そこに書かれた言葉が新鮮に見えた彼は、そのサイトの管理者にメールを出してみます。意外にも返事があり「フェアリーゲーム」や他の作品について、感想や意見を語りあうようになっていきました。そうなると会ってみたくなるのが人情。やがて願いが通じて会うことになるのですが、相手の「ひとみ」さんにはある秘密が...。


私の体験にオーバーラップ大。好きな小説になりそうです。

 読んでいる間、どうなってしまうんだとろうとハラハラし通しでした。私の体験にオーバーラップするところも多く、すっかり主人公二人に感情移入してしまい、あっという間に最後まで読み終えてしまいました。作中にある勝負メールの返事を待つドキドキ感、相手の意図を探ってしまう気持ち、相手を傷つけたことに対する後悔、自分が嫌になってしまうこと、相手に甘えてしまいそうになってしまうこと。そして、ハンデや暗い過去を持つ者の僻み...。言ってみれば「うん、わかる、わかる」という気持ちです。一方で、自分自身が持っている「弱さ」を抉り出されたような気もしました。それは、ずるさなのか、諦めなのか?
 この作品には、一つ重いテーマがあります。ネタバレになるのでここでは書きませんが、「伸」(=伸行)と「ひとみ」さんがそれに根ざした問題を乗り越えられることを願わずにはいられません。

 文句なし、お勧めの一冊です。

2009.07.27

これは普通にあることなの?「スイートリトルライズ」

 連休2冊目は江國香織の「スイートリトルライズ」です。この作者の作品は初めて。どんな描き方をする作家なのでしょうか。そちらの興味を持って読み始めました。
 主人公は著名なテディベア作家の瑠璃子と、外資系サラリーマンである聡の夫婦。二人は外目はごく普通の夫婦なのですが、どこかすれちがっています。そんな中で瑠璃子はお客として春夫と知り合い、聡もまたスキー部の後輩である三浦しほと再会します。夫婦でお互いに欠けているものをそれぞれの相手に求める二人。その結末は?


私には良さも悪さもよくわかりませんでした。

 率直に言ってよくわかりません。結末もはっきりしていないし。私には作者の意図がよくわかりませんでした。もしこんな関係が本当にあるのだとすると(ないとも言い切れませんけど)、夫婦の関係って一体なんなんでしょうかね。作中で浮いている存在である聡の妹、文の言っていることが、一番まともに見えるのがとても不思議です。

2009.07.26

クルマと結びついた恋を描く「サイドシートに君がいた」

 再び喜多嶋隆の短編集です。タイトルは「サイドシートに君がいた」。この本のテーマはクルマと結びついた恋です。探偵が調査を依頼された相手から青春時代の想いを聞かされる「あの頃、フォルクスワーゲン」。スキー・スラロームのワールドカップに出場する選手と、ペンションを営む女性との交流を描いた「シャンパンを、雪で冷やして」。ニューヨークでキャンピングカーでチリ・ドッグを売る青年と、デザイナーの恋の話「マンハッタンの片すみで」。芦ノ湖でペンションを経営する主人公と、音楽番組のキャスターが恋に落ちる「ロードスターの逃亡者」。大きな身体なのに、なぜか小さなクルマに乗る青年と、サッカー好きな女性との物語「コスモスが泣くかもしれない」の5編です。


クルマ好きなら興味を引かれるタイトルです。

 さて、感想です。やっぱりあっさりしていますね。喜多嶋隆の作品は結構テーマが明確になっているので読みやすいのですが、意外性のある結末にならないところがちょっと寂しい。これらの作品のもう一つの主人公は個性あふれるクルマたち。フォルクスワーゲン、パジェロ、ロードスターなど名脇役ですが、このクルマでなくては...というところが弱い感じがします。あまり深く考えずにさらっと読むにはいい作品ではあります。

2009.07.19

終盤に驚きの展開を見せた「空をつかむまで」

 こちらもお気に入りの作家の新刊です、関口尚の「空をつかむまで」。この作家の小説は「プリズムの夏」「君に舞い降りる白」と読んできていますが、特に後者は大好きな作品なので、今回の作品も期待をもって本を開きました。

 ストーリーは市町村合併で名前の消える中学校の水泳部に所属する優太、姫とモー次郎(ともにあだ名)、それに優太の幼なじみで姫の彼女である美月の4人の物語です。小学生時代にサッカーでならした主人公ですが、膝を痛めてその道を挫折。しかし、思わぬことから3人で地元のトライアスロン大会に出場することになり、やがてライバルの出現によって次第に本気になっていくのでした。


途中まではありがちな物語だったのですが、終盤の展開には驚きました。

 こういう書き方だと「いかにもありがち」なストーリーですが、終盤には予想もつかない展開が待っていて、最後はなかなか驚かせてくれました。この作者の作品は爽やかな青春物が多いのですが、今作もその持ち味を存分に発揮していると言えそうです。この作品では4人それぞれに暗い影があって、それが徐々に明らかになってくるにつれて登場人物の行動が納得いくようになるなど、プロットがしっかりしています。ちょっとテレビ的なところもありますけど、面白く読めた作品でした。

2009.07.18

典型的すぎるけど「君はジャスミン」

 今回は喜多嶋隆の短編集です。短編は「読み切った」という達成感が薄いのであまり好きではないのですが、電車で出かけるときなどは時間潰しにちょうどいいことに気づいて、手に取るようになってきています。

 この作品は4編で構成されています。湘南でマリン整備士の主人公がその同僚に恋する「君はジャスミン、僕はミツバチ」。ニューヨークで食堂を営む30代半ばの女性と市警のバツイチ刑事との交流を描いた「ニューヨークは雪、ところにより恋も降る」。シンガポールにある会員制スポーツクラブでインストラクターを務める青年が、競泳大会に出ようとする少女に少年時代の想い出を重ねる「星空のプール」。ニューカレドニアで撮影に来たモデルの女性が、地元で逞しく生活する男性に魅かれていく「ココナッツ・ボーイとむかえる朝」。それぞれに共通するのは「香り」に呼び覚まされる感性です。


すらすらと読みやすい反面、ちょっと物足りなさも。表紙デザインははっとする美しさ。

 感想は「いい意味でも悪い意味でもあっさり」。4編それぞれに印象的なところはあるのですが、ストーリー展開にあまり波乱がないのですらすらと読める反面、正直ちょいと物足りなさも感じます。エロティックな描写もあれど、全体的には爽やかな雰囲気。それだけに新刊紹介で書かれていた「大人のための小説」というのとはちょっと趣が違う気もします...。驚きはないしそれぞれ予想通りの結末なのですが、それ故に力を抜いて読める作品でした。

2009.07.17

逃げずに戦うことの格好良さ「温室デイズ」

 私のお気に入り作家の一人である瀬尾まいこの作品が新たに文庫化されました。タイトルは「温室デイズ」です。
 この作品は同じクラスにいる中学生の女の子ふたりが主人公で、テーマは「病んだ学校生活」「いじめ」でしょうか。それぞれの立場からいじめや登校拒否、学級崩壊の現実を捉え、立ち向かう姿が描かれています。痛々しいところもあるけれど、お互いを認めつつ前向きに取り組もうとしているのはすばらしい。


逃げないこと、変えようとする強さが印象的。

 この二人のように「流れを変えようとする」というのはとてもエネルギーの要ることです。「逃げてしまう」のは簡単だけど、それで失うものは計り知れないことを教えてくれる作品といえそう。テーマは重いのですが、読み進む中でそれを直接読み手に感じさせないのは見事。今回も「脱力系」にすっかり魅せられてしまいました。

2009.07.05

哀しき再生に涙する「水恋」

 ツーリングが中途半端に終わったので、午後からは小説を一冊読むことにしました。作品は喜多嶋隆「水恋」です。

 主人公は38歳になる沢田。彼は仕事に破れ、自殺するつもりで逗子へと足を向けます。が、そこでいろいろとあって店を畳もうとする老人から貸しボート屋を引き継ぐことに。ある日、彼は浜辺で独特の雰囲気を持つ女性、水絵と出会います。近くの心療内科の医師から彼女のことを聞き、その深く傷ついた心の内を知った彼は、彼女を救いたいと思うようになり...。


久しぶりに全面的に感情移入してしまった。

 主人公が今の私と全く同じ年で、仕事も似たような境遇(ってのは言い過ぎか?)というのもあり、久しぶりにどっぷり感情移入してしまいました。人と関わりあうことを嫌っていた主人公が、水絵を救おうとして逆に再生していく...。かすかな希望に向かって少しづつ進んでいく二人を応援したくなりました。
 しかし、最終2章は衝撃的でした。彼女が逗子の町で買ってきたものとは...泣かせてくれます。

 この作家の作品は今回が初めてでしたが、ちょっと説明的すぎるきらいはあるものの描写が丁寧なので、頭の中に明確なイメージが湧きやすく力を抜いて楽に読めました。他の作品もぜひ読んでみよう。

2009.06.28

やたら哲学的で難しかった「少し変わった子あります」

 六本木に映画を観に行く往復で読んだ作品がこれ、森博嗣「少し変わった子あります」。

 大学で教鞭をとる主人公、小山。彼は失踪している後輩から、以前にとある店を紹介されていました。その店は訪れるたびに場所が変わり、名前もない不思議な店です。そこには食事を相伴してくれる女性がいるのですが、それも毎回必ず違った人という謎のルールがあります。目立たない都会の片隅で、心地よい「孤独」を感じる主人公。女性と色々なことを語らう中で、色々なことに気づいていきます。「抽象的と具体的の線はどこにある?」「真実とは何なのか」「人生は前に進むだけ」...などなど。


内容はちょっと難しいかな。でも、最後の展開にはしてやられました。

 全体的に「やたら哲学的」なので、正直読んで疲れちゃいました(苦笑)。それでも毎回色々なタイプの女性が主人公と話をする中で、物事に対する色々な見方が示されていくのは面白かった。確かに二人のやり取りの中から生まれる問題意識は、納得できるものも多くありました。
 最終章はしてやられました。そうか、そう来たか...という感じ。万人向けとは言い難いですが、こういうミステリー調の作品もたまに読む分にはいいかもしれませんね。

2009.06.21

こういう生活もありかも「ひかりをすくう」

 日曜に本をまた一冊読破。以前「流れ星が消えないうちに」で読んだ作家、橋本紡の新刊「ひかりをすくう」です。本屋さんで陳列されていた時に、空の青と木々の緑、新刊紹介の帯の黄緑の色のバランスに目を引かれて手に取りました。本って、内容だけではなくカバーデザインも大きな要素なんですよね。そういえばお気に入りの「真夜中の五分前」や「君に舞い降りる白」もそんな印象で手にしたのでした。

 ストーリーはグラフィックデザイナーの智子と、彼女と同棲している哲が都心からの引っ越しを決意するところから始まります。彼女は実力もあり将来も有望とされていたのですが、あることからパニック障害を発症し、仕事を続けられなくなりました。それを支えようとする哲。二人は東京を離れ、ちょっとした田舎の一戸建てに移り住み、新生活を始めます。疲れ傷ついた心は、そこで暮らすうちに次第に変化していくのでした。


スローライフって、こういうことかな?

 彼女は仕事が認められるのが嬉しくて、それに没頭していくのですが、その反面自分の気づかないところで心を疲弊させていきました。彼女にとって良かったのはそれを理解し、支えようとする哲の存在があったからでしょう。田舎での何気ない暮らし、それを取り巻く人々との触れ合い。都会に暮らすのはある意味楽だけど、それなりにエネルギーを使うのも事実。疲れたことに気づいたら、しっかりと休むこと。これが一番大事なことなのかもしれませんね。
 読み終わった後、ほっとすることのできた作品でした。

2009.06.17

最終章に驚きの展開が待っていた「シェエラザード (上)(下)」

 今回の作品は長編です。浅田次郎の「シェエラザード(上)(下)」、前々から気になっていた作品です。

 街金融の社長を務める主人公とその仲間のもとに、台湾人から不思議な依頼が舞い込みます。それは、台湾海峡に眠る日本の客船「弥勒丸」を引き揚げるために百億円を貸せ、というもの。あまりに奇想的な申し出にとまどう二人でしたが、主人公の昔の恋人で新聞記者のヒロインを巻き込んで、弥勒丸のことを調べ始めます。そうしているうちに、話に登場する関係者が不慮の死を遂げ、彼らは徐々に追いつめられていきます。その一方で、弥勒丸の隠された秘密が徐々に明らかになり...。


その展開に引きずり込まれました。

 感想です。文句なしに面白かった。派手さはありませんが、これはまさしく冒険小説です。現在と過去の出来事を交互に描いたストーリー展開。登場人物がそれぞれに交じり合い、入り組んだ糸を解きほぐすかのような面白さ。ミステリーではありませんが、それに近い楽しみがあります。最後に明かされた事実には驚愕しました。日本にもこんな作品が書ける作家がいたのですね。

 この作品にはモチーフがあり、「阿波丸」という実在の船と、それにまつわる事件をモデルにしているそうです。作中描かれたことがどこまで事実なのかは正直わかりませんが、歴史の闇に消えた船の話は、ロマンを掻き立てる存在ではあります。

2009.06.12

40歳ってそういう年齢なんだ...「トワイライト」

 1週間かけてじわじわ読んでいました、重松清「トワイライト」。

 ストーリーは多摩川の近くにある、昭和30年代末に築かれたニュータウンの小学校の同窓生のお話です。その小学校が廃校になることから、40歳の自分たちへ向けて埋めたタイムカプセルを開くところから物語は始まります。それを提案した先生はすでに亡くなっていますが、その裏には悲しい事件があるのですが、その先生の手紙には40歳間際になった者への深い問い掛けが書かれていたのでした。


「あのころ夢見た未来」と「現実」とのギャップに気づかされます。

 感想ですが、主人公達の年齢が今の私に近いことから感慨深いものがありました。小学生時代は「こんな未来がくる」と想像したものですが、現実にはそうはなっていないというのがほとんどでしょう。一方で会社でのリストラ、家庭内暴力、離婚や病気など、苦しい状況にさらされる日々...。先生のメッセージ「あなたたちは今、幸せですか?」という問いは、読む者にも強く突き刺さります。

 幸せって一体何なんですかね。ふとそう思いました。

2009.06.05

重厚な雰囲気に呑まれた「恋歌」

 以前から手にしてはいたものの、その分厚さで読み始めるのを躊躇していた作品ですが、結局3日かけて読み終えることが出来ました。五木寛之「恋歌」です。

 舞台は1960年代の東京。レコード会社で高い地位を持つ主人公、井沢信介が、交通事故をきっかけに美人キャスターの沢木直子とその妹の亜由美と出会うところから物語は始まります。信介には妻の冬子がいるのですが、彼女は過去の不幸な出来事が原因で苦しみを抱えていました。姉妹と交流していくうちに、それぞれの想いが複雑に絡み合って...。


その分厚さに圧倒されましたが、重苦しくはない作品でした。

 と書くとなんだかドロドロした人間模様を思い浮かべるかもしれませんが、主人公は分別をわきまえた紳士的な人物であり、そういった雰囲気ではありませんでした。重厚ではあるが、重苦しくはないという絶妙な味わいです。
 まだ自分の年齢が主人公には遠いことから、なかなか感情移入はできなかったのですが、60年代の東京という舞台が新鮮で、そういった部分でも面白く読めました。

2009.05.31

デジャヴ?「美丘」

 5月の3冊目は石田衣良の「美丘」です。
 ストーリーです。同じ大学に通う6人のグループで中心的な役割を持つ主人公、太一は破天荒な言動を見せるヒロイン・美丘に興味を持ちます。一方で、グループの中で容姿端麗な女性から想いを寄せられるのですが、彼はやがて美丘に惹かれていきます。お互いになくてはならない存在となっていくのですが、そんな彼女には実は秘密があって...というお話です。

 感想なんですけど、正直似たような作品を読んだことがあり、新鮮さを感じられませんでした。なんだか色々な作品で描かれたシーンを寄せ集めたかのように(そんなはずはないでしょうが)も思えてしまう。舞台は今風にアレンジされていますけど、展開と結末がありきたりすぎて...。一章一章丁寧に書かれているし、余計だと思えるような描写はないのですが、明確なメッセージ性が感じられない分あまり印象には残りませんでした。


明確なメッセージ性が感じられない分、あまり印象には残りませんでした。

2009.05.20

...はて? 「蒼いみち」

 久しぶりに3日かけて一冊読破しました。走りのシーズンになるとめっきり読書のペースが鈍ります(笑)。さて、今回の作品は小澤征良著「蒼いみち」です。この作家の作品を読むのはこれが初めて。本が薄そう(!)だったのと、カバーの色合いがすごくきれいに見えたので手に取ってみたのです。毎度のことですが作品選びの動機が変ですみません...。
 ストーリーはOLである主人公・励奈が、日常の中で何か物足りなさを感じるなか、ひょんなことから間違いでかけた電話の留守録メッセージをきっかけに、何かに気がついていく...というもの。


一体何が何だか...登場人物の行動が謎過ぎる。

 いつもなら感想を書くのですけど、この作品、私には「何がテーマなのかのかよくわからん」としか言いようがありませんでした。作品が高尚すぎるのか、自分の理解力がないのかすら判別不能です。とりあえず、もう一回読み返してみるつもりです。

2009.05.05

逆の視点から「私という運命について」

 最近ニューマシンに熱中しすぎて、あまり本を読んでいませんでした。そこで久しぶりに落ち着いて1冊読破。今回の作品は白石一文著「私という運命について」。この作家の「一瞬の光」「すぐそばの彼方」は、私と同世代の男性を主人公にした、感情移入しやすかった作品で、すっかり引き込まれてしまいました。ところが今回はちょっと趣が異なっていて、ある女性の29歳から40歳までを描いたものです。これまでとは真逆の視点から語られる物語に、興味をもってページを開きました。

 物語は4部構成、プロポーズを確信が持てないという理由で断ってしまい、その後訪れる新しい出会いと別れ、家族に生じた問題などを経て主人公は迷い、後悔し、そして選択をしていく姿が描かれていました。各章の最後には、その章で主人公に大きな影響を与えた人物の長い手紙が明らかにされ、彼女に「運命とは何か」を考えさせることになります。


運命とは必ずしも受動的なことを指すのではないというのがテーマか。

 この10年の実際の出来事を織り交ぜながら進むストーリーは、小説ながらも現実感を感じさせてくれます。終盤はいささかドラマチックすぎるきらいはありますが、色々な仕掛けもあって飽きない展開でした。運命とは必ずしも受動的なことだけではなく、それを自分の手で掴み取り守ってこそ自分のものになるというのは、新鮮な解釈でした。

2009.04.12

1対1の海の対決「雷撃深度一九・五」

 この週末に読んだ作品は池上司の「雷撃深度一九・五」です。太平洋戦争末期、原爆を積んでレイテに向かう米軍の重巡洋艦「インディアナポリス」と、それを阻止せんとする日本海軍の潜水艦「伊58」の戦いを描いたもの。この戦闘は実際に行われたものを題材にしており、その中にフィクションが折り込まれて小説になっているそうです。

 ストーリーは日本軍潜水艦、米軍重巡洋艦そして日本の輸送船団の3つのパズルピースが、レイテ・グアムの線上に運命に引き寄せられるようにしてストーリーが進んでいきます。前半は期待が広がる展開でした。ただ、後半に局面が戦闘中心になってくると、同じ作者の書いた「ミッドウェイの刺客」にかなり雰囲気が似てしまっているので、新鮮味はあまり感じませんでした。何より説明がくどく感じる上、緊張感の描写が薄いことや、登場人物の背景や過去などの掘り下げがおざなりなのが致命的。この作品は私的には「外れ」でした。


ちょっと説明がくどい印象で、緊張感の描写が薄い。今一つ。

 さてこの作品をベースにして、映画「真夏のオリオン」が6月に公開されるそうです。私にとっては珍しく原作を読んでから映画を見ることになるのですが、原作が物足りなかっただけに、ぜひいい意味で裏切って欲しいところです。

2009.04.08

海洋冒険小説の金字塔「タイタニックを引き揚げろ」

 初めてこの本を読んだのは高校生の時です。今日紹介するのはクライブ・カッスラ−の「タイタニックを引き揚げろ」。この本は海洋冒険小説の金字塔と呼べる作品で、映画化もされていたものです。この作品は、ミサイル防衛に必要な希少な元素が、沈没したタイタニック号に積まれていた...という着想で、その引き揚げに尽力する主人公たちの活躍を描いたものです。これらの作品群は主人公の名前から「ダーク・ピット」シリーズと呼ばれ、サルベージを舞台にした複数の作品が発表されています。

 これらの作品に共通するのは、史実の出来事にフィクションの要素をからめて、いかにもありそうという状況を作り出していることです。主人公はスーパーヒーローというわけではなく、洞察力の優れた、ユーモアのある人物として描かれているため、空想の世界での出来事とは思えないほど。歴史的背景をしっかり押さえた上で、ストーリーがしっかりしているのがこのシリーズの魅力です。特に冒険心を忘れそうになっている男性にお勧めのシリーズです。


歴史の背景がしっかりしているので、リアルなフィクションが味わえます。

2009.04.05

脱力系ワールド全開「優しい音楽」

 日曜日は午後から読書タイム、読みやすい短い作品を1冊手に取りました。瀬尾まいこの短編集「優しい音楽」です。駅で出会い、付き合うことになったタケルと千波。彼女はなかなか彼を家族に紹介しようとしなかったのですが、ある日意を決して彼は彼女の家を訪れます。そこで明らかになる真実とは...「優しい音楽」。不倫相手の娘を1日預かることになった深雪と、娘との交流を描いた「タイムラグ」。年末にホームレスの佐々木さんが突然同居することになった「がらくた効果」の3編です。

 どれもちょっと力の抜けた、ほんわかした雰囲気が漂う作品です。ただ、3編ともこの作者の持ち味である暖かさに満ちあふれていました。面白いのは、明確な結論が描かれていないこと。それでも読み終わって感じるのは、ちょっぴりココロが暖まるお話だということです。前向きな未来が期待できる終わり方で、その先を想像するのは受け取り手に任されているのでしょうか。優しい気持ちになれる午後のひとときを過ごすことができました。


脱力系・瀬尾ワールド全開でした。ハートフルな3編です。

2009.03.29

いなくなってしまう「四月になれば彼女は」

 東京モーターサイクルショーの帰路、有楽町の書店で文庫本を物色していたところ、新刊のところで目に留まったのがこれ。川上健一著「四月になれば彼女は」です。新刊紹介の帯に書かれていた内容からは、昨年読んだ「翼はいつまでも」の続編ではないものの、その延長線上にある作品と推測されました。「翼はいつまでも」がけっこう良かったので、今回は期待してページを開きました。ただ、一番強く惹かれたのは、やはりそのタイトル。季節柄、余計にそう思うのかもしれませんが「四月になれば彼女は」...その後に続く言葉はなんなのでしょうか。身近にそういった状況があるだけに、気になってしまいました。

 さて、ストーリーは主人公、沢木圭太が高校を卒業して3日後のある一日を描いています。長編なのですが、そこに描かれたのはわずか24時間の出来事。それなのに登場人物が極めて多彩で、かつ強烈な印象を残していくのです。そして彼は、24時間の最後に札幌に旅立つ、小学校時代の同級生の女の子を見送ることに...。


「四月になれば彼女は」...その後に続くであろう言葉は、人により様々なはず。

 主人公の勢いに乗せられてか、長編でしたが一気に読み通しました。何よりほとんどの登場人物が「まっすぐ」なのが、読み手側の爽快感にもつながっているのでしょう。さて、この作品でも「翼はいつまでも」と同じく、音楽が重要な役割を持っています。「四月になれば彼女は」は、サイモン&ガーファンクルの名曲。その切ないメロディに沈む気持ちから、前向きに立ち上がれるのがきっと若さなのでしょう。

 「四月になれば彼女は」...その後に続くであろう言葉は、人によって思うところは様々なはずです。

2009.03.28

記憶の歪み「パラレルワールド・ラブストーリー」

 東野圭吾といえば映画化された作品も多く有名ですが、これまで私はこの作家の作品を読んだことがありませんでした。そこで、その最初の作品として選んだのが「パラレルワールド・ラブストーリー」。書店で印象的なPOPが出ていたので、それに惹かれて決めました。東京ビッグサイトへの電車での往復の間を使って読み切りました。

 ストーリーは主人公が親友から一人の女性を"恋人"として紹介されるところから始まります。ところが、その彼女はかつて一目惚れしたものの、接点を見出せずに出会うことのなくなったその人だったのです。肉体的ハンデを抱えた親友への幸せの訪れを喜ぶ気持ちと、嫉妬心との板挟みに苦しむ主人公。ところがある日目を覚ますと、なぜか彼女が自分の恋人として傍にいたのです。そのことにかすかに違和感を感じてしまった彼。記憶と現実が一致しないという混乱の中、真実を探そうとするのですが...。


テレビ的な結末ではありますが、なかなか面白い展開でした。

 感想は「期待していた方向とは違ったけど、なかなか面白かった」。最初は恋愛が主軸になるかと思ったのですが、途中からはミステリーの要素が大きくなってきました。最後はいささかテレビ的な結末ですが、それほど違和感のある終わり方ではありませんでした。ただしストーリー展開の都合上、現在と過去が行き交う構成は非常に読みにくかった。

 さて、作中で語られる会話の中で面白かったのは、「記憶は自らによって加工される」という点。確かに苦しい思いをしながらも、時間が経つにしたがって「いい思い出」に変化していくことはありますよね。でもそれが「自分にとって都合のいい」ように変わるのは、ちょっと怖い。ただ、そうしないと人は前に進めないというのもまた事実でしょう。功罪相半ばすということかな。

2009.03.25

技術者として大事な"ものの見方"「マッハの恐怖」

 先日、成田で貨物機の墜落事故がありました。そのニュースを見て思い出したことがあり、今日は過去に呼んだ本の紹介をします。作品は柳田邦男のノンフィクション「マッハの恐怖」「続・マッハの恐怖」。初めて読んだのは高校生の時でした。ここに書かれていたことは、現在の私の仕事観・価値観に大きな影響を及ぼしたといえる本です。

 「マッハの恐怖」では1966年に発生した全日空機羽田沖墜落事故、カナダ太平洋航空機羽田墜落事故、BOAC機空中分解事故を取り上げ、その事故調査の過程を克明に追っています。「続・マッハの恐怖」においては1971年の東亜国内航空機函館墜落事故、1972年の日本航空機ニューデリー墜落事故、日本航空機モスクワ墜落事故、日本航空機ボンベイ誤着陸事故を取り上げ、それぞれの事故の原因調査の経緯をまとめたものです。


不都合な真実と向き合わなければ、答えは見えないし、犠牲も生きない。

 事故調査委員会にメーカーや運行者の直接利害関係者が加わっていて、事故調査が責任回避の道具にされたりする歪み。地道な調査や実験の結果をまともに評価せずに「そんな筈がない」という思い込みで意見を否定したりする、そんな事故調査の内幕での歪みを鋭く抉り出したノンフィクションです。

 事故調査で最も大事な目的は、その原因を明らかにして「再発防止」を図ることのはずです。それが置き去りにされてしまうことの悲しさが語られているのが印象的でした。「真実」を探求する人には、是非一読をお勧めします。

2009.03.22

結末は何処に「流れ星が消えないうちに」

 私にとっては新しい作家の作品です。橋本紡「流れ星が消えないうちに」。ストーリーは主人公・奈緒子とその恋人、巧を主軸に展開します。二人は高校時代からの友人で、奈緒子は加地という同級生と恋仲でした。巧はその加地とひょんなことから親友になり、彼と奈緒子のキューピッド役を演じてから二人を暖かく見守り、それを幸せと感じるポジションにいました。しかし、加地がこの世を去ってから、彼は奈緒子と恋人となります。二人とも加地のことを忘れられず、腫れ物にもさわるようにつきあいが続いているなか、家族の問題が発生してしまい...。


終わり方はきれいですが、結末はどこに? 私にはわかりません。

 さて、読んだ感想です。章ごとにお互いの観点から物語が語られる点は佐藤多佳子の作品に近い雰囲気ではありますが、ちょっと描写が物足りない印象はありますね。特に二人の間にあるタブーの重みの描き方がちょっと足らないせいか、悲しみ、苦しみがあまり伝わってきませんでした。結末があまりはっきりしないので、読み終えた後の爽快感もちょっと薄い。ただ、シーンの描き方はとても綺麗でした。もうちょっとメリハリの効いた展開だったらもっと良かったのに。

2009.03.14

なんだかとても変な感じ「幸福な食卓」

 以前読んだ「天国はまだ遠く」がとてもよかった瀬尾まいこの作品を再び手に取りました。今回は「幸福な食卓」です。「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」という書き出しで始まるこの作品は、中学校に通う長女の視点から、突然仕事を投げ出してしまった父親、元天才児で風変わりな6つ年上の兄、家を出て近所で一人暮らしをしている母の家族を描いたものです。一見ほのぼのしているようですけど、その裏側には悲しい過去があり、そして主人公にはさらなる悲劇が訪れるなど、中盤以降はかなりハードな展開を見せます。一言で言えば、家族のありかたを描いたとても興味深い作品でした。


脱力系ですが、その裏側にあるテーマは重い。考えさせられます。

 一見ドロドロしているのではないかと思えるほどの物語の背景ですが、それを感じさせないのはこの著者独特の「脱力感」溢れる文章でしょうか。ただし「真剣ささえ捨てることができたら、困難は軽減できたのに」というくだりには、ちょっと怒りを覚えました。全体的に見て、ちょっと評価が難しい作品だと思います。

2009.03.01

古めかしさだけではない「木もれ陽の街で」

 3月の1冊目は諸田玲子「木もれ陽の街で」。帯には「昭和二十六年、恋はまだひそやかな冒険だった」という、やや小恥ずかしいような紹介文が書いてありました。ただ、私の世代にとって、この頃っていうのは歴史の空白地帯。戦前はすでに歴史と化しているし、高度成長の頃まで行くと身近な印象があるので、この時代設定は興味を引くものがあるのも事実です。

 ストーリーは東京・荻窪に住む夫婦と4人の子供をめぐる話で、主人公はその長女。世の中が変化していく中で、看護師という仕事を持っている彼女は、恩師のもとで気になる男性と出会います。考えていることとは裏腹に、逆に彼の存在が彼女の中で少しづつ大きくなっていきます。ところが、周りでは色々な事件が持ち上がり、やがて驚きの結末が彼女の前に示されます。


後半はなかなかドラマチック。まさに急転直下です。

 さて、この本で印象に残ったのは「なにかを棄てなければ手に入らないものがこの世にはある」という一文。なるほど、それはそうですね。何もかもと欲張るから、却って失うものが多いのかもしれません。

2009.02.28

本物のドラマは極限状態で生まれる「凍」

 2月最後となる作品は沢木耕太郎「凍」です。これは新田次郎の山岳小説とは異なり、クライマー、山野井泰史と妙子夫妻のヒマラヤ・ギャチュンカン北壁への挑戦を描いたノンフィクション作品です。山野井氏といえば、昨年自宅近くで熊と遭遇し大怪我をしたという報道がありました。

 さすがにノンフィクションだけあって、希望、絶望、緊張、相手への思いやりなど心理面での描写が深く、緊迫感が伝わってきます。どちらかというと自然との闘いというよりも自分との闘いという印象の方が勝る感じです。やっぱり本物のドラマは、極限状態で生まれるということでしょう。


自然の厳しさよりも、自分との闘いの方が印象に残る描写でした。

2009.02.27

これはファンタジーですか?「スコットランドヤード・ゲーム」

 旅のお供の文庫本は野島伸司「スコットランドヤード・ゲーム」です。この著者はドラマの脚本家として有名ですが、私はTVドラマはほとんど見ないので、あまりこの人の作品にはなじみがありません。予備知識なしでの"野島ワールド"突入です。

 ストーリーはサラリーマンである主人公・樽人がマンガ喫茶で看護師である杏との出会いからスタートします。その恋の進展を、ボードゲームである「スコットランドヤード・ゲーム」の展開(ターン制)になぞらえて物語は進んでいきます。二人は最悪の印象の出会いから、思わぬ再会、そしてお互いの過去をさらけ出すことで関係が深まり...。その一方、夏彦という主人公の親友は二人を優しく見守っているのですが、やがて想像もつかなかったことが明らかになっていきます。


前半と後半でがらっと世界観が変わります。その変化についていけなかった。

 前半がどこにでもありそうな話なのに対し、後半は一気に世界観が変わってきます。私はその変化についていけなかったので、ちょっと違和感を覚えてしまいました。結末は救いがあるものでしたけど、なんだか騙されたみたいな気がしてしまいました。

2009.02.22

その純粋さに心を打たれる「ここに地終わり海始まる(上)(下)」

 この作品は、実は私に読書の楽しみを教えてくれた本です。宮本輝「ここに地終わり海始まる」。初めて読んだのは大学院時代。先輩が大学の学生部屋においてあった本を借りて読んだのが最初でした。それ以来愛読書となり、私の好きな作品の5本のうちの一つに数えられるほど気に入っています。

 ストーリーは18年間結核の療養所にいた主人公、志穂子の元にコーラスグループのメンバーである梶井がポルトガルのロカ岬から投函したハガキが届きます。このハガキ、実は送り先が間違っていたのですが、それが志穂子の生きようとする力に火をつけ、彼女は治癒。社会に戻って、彼にお礼を言うために、色々な人との出会いを重ねて彼に会おうとします。しかし、その彼は今は心が荒んでいて...。

 この作品が心を打つのは、志穂子の"純粋さ"です。物心がついてから18年間、社会とは隔絶された療養所で暮らしてきた彼女はある意味、人格の成立期に「純粋培養」された姿です。そんな彼女が感じることは、確かにずれたことろはありますけど、驚くほど鋭い。それゆえに「思いやり」と「確たる自分」が両立した女性として描かれています。私は彼女がきっと幸せを手に入れられたのではないかと思っています。

 現在は新装版が入手可能、老若男女問わずにお勧めできる小説です。

2009.02.21

体験の共有感があった「絶対、最強の恋のうた」

 2月の6冊目は中村航「絶対、最強の恋のうた」です。2007年に読んだ「100回泣くこと」が切なく悲しい物語だったのに対し、こちらは爽やかな作品です。

 大学で知り合った1組のカップルと、それぞれに関わりのある人々とのお話です。どちらかというと何気ない日常の物語なのですが、面白いのはデートでの会話やイベントそのままを逆の立場から描写していること。伝えたいことが相手にどう受け取られたのか、それに対して何を考えたのかが読者に対して明らかにされます。これがすれ違うと"ドラマ"になるのでしょうが、この二人はしっくり来ているのが何とも微笑ましい。人が異性の相手に求めるものは様々なのですね...。ただし最後の1章は蛇足です。

 余談ですがこの作品、主人公は機械系の学生、女の子は高校時代弓道をしていて、主人公の友人は現在の私に近い仕事に就いています。色々なところで私の経験と重なる要素があって、楽しく、そして懐かしく読めました。


不思議に息の合った二人、こういうの微笑ましい。

2009.02.19

これは完全に大人向け「宇宙の戦士」

 これからは過去に読んだ本も取り混ぜて紹介していきます。その1冊目はロバート・A・ハインライン「宇宙の戦士」です。この作品はある意味非常に有名です。というのも「機動戦士ガンダム」シリーズで登場する人型兵器「モビルスーツ」の原点が、この作品に登場する強化防護服「パワードスーツ」なのです。

 ストーリーは恒星間宇宙戦争が行われている遠い未来で、一人の少年が軍に志願し、成長していく姿を描いています。入隊から実戦を経て、やがて指揮官として部下を率いることになる彼は、最後に「大人」になった姿を示してくれます。まぁ古い作品ということもあり、核兵器が飛び交ったり惑星を吹っ飛ばすなど物騒な戦争の中でのお話です。


分別のない青少年は読んではいけません。

 と、こう書くとヒーローもののようですが、実は全然違います。ストーリーのほとんどは「なぜ戦うのか」ということを突き詰めることと、組織を率いる指揮官の責任について指摘するものです。さらには暴力・戦争肯定と捉えられかねない、危ない表現に満ちています。まぁ異星の化物相手の話なので多少は緩和されていますが、考えさせられる内容があるのもまた事実。

 つまり、この本は確たる自分を持つ大人向け。分別のない青少年は絶対に読んではいけません。

2009.02.18

一般には理解されないかもしれない「最後に咲く花」

 最近は明るいうちに帰宅することが多いので、読書のペースが上がっています。2月の5冊目は片山恭一「最後に咲く花」を選びました。この著者は「世界の中心で、愛を叫ぶ」であまりにも有名ですが、私は今回がこの著者の作品を読むのは初めてです。

 離婚歴のある39歳の優秀なファンドマネージャである主人公・永江は、大学時代の同窓生である由希と再会。彼には年の離れた恋人・沙織がいましたが、重病に冒された由希と過ごす時間が、彼にとってかけがえのないものになっていきます。しかし、彼は病に苦しむ彼女に自殺幇助を頼まれてしまいます。そんな時に本音を語り合える大学時代の友人・波佐間が山で遭難してしまい...。


彼の選択は、きっと普通の人には理解できないでしょうね。

 感想は「難しい」の一言。ここ10年の出来事を追っているだけに現実感は充分あります。また、作中で語られる世界の裏側は「なるほどそういう見方もあるか」と思わせるところもあり、やや斜に構えたところもあるものの興味深く読めました。この作品、表面には現れてきませんが社会派の問題提起の側面もあるようです。主人公が年齢も近いこともあって、同情できる部分も多かったかな。ただ、彼は思考パターンや選択が非常に論理的すぎるのがちょっと嫌らしいですね。それでも、物語の結末は個人的には納得です。

2009.02.15

なんとなく再生の物語「天国はまだ遠く」

 最近、土日は昼寝が定番になっているため、集中力がほとんどありません。そのため、最近はページ数の少ないものを選んで読んでいる傾向があります。今日の作品は瀬尾まいこ「天国はまだ遠く」です。書店で手に取ってみたのは、本の厚みが薄かったというやや不純な動機です(すみません...。)。

  テーマは「再生」。ところが、この作品での「再生」は、今まで感想を書いてきた作品とはちょっと異なった展開です。仕事も人間関係も上手くいかない主人公、千鶴。彼女は自殺を決意し丹後へと足を向けます。あてもなくたどり着いた民宿「たむら」で睡眠薬で自殺しようとしますが、目論見空しく失敗...。そこから、民宿の経営者である田村との触れ合いを通し、自然の中に溶け込んでいきます。民宿に泊まり始めて21日後、彼女が選んだ道とは?


「ここは自分がいるべき場所ではない」と思うことから再生が始まる。

 この作品が面白いのは、主人公が決して「強くはない」こと。自分に自信を失った姿に共感できる人も多いかもしれません。一方で現代っ子ぽいところも残っていて、田村とのかけあいはまるで漫才のよう。テンポも良く楽しく読めました。この手のテーマにありがちな息苦しさもなく、最後は自然と前向きな気分になれる作品です。肩肘張らずに読めます。

 今年読んだ作品(ってまだ5冊ですが)では一番良かった。さて、実は昨年11月に映画が公開されていたそうです。しまった、知っていたらぜひ見に行ったのに。調べてみると今後は新潟、盛岡、富山あたりで上映されるそうです。最近旅に出ていないこともあるし、何かと抱き合わせ目的にして行ってみようかな?

2009.02.10

十人十色「クロスロード」

 高校を卒業して20年。もし友人に会えたら、何を話せるだろうか...と思った一冊。鎌田敏夫「クロスロード」です。卒業から6年後に、病死した友人の葬儀で再会した9人のグループ。毎年、一緒に通った橋の上で会おうと約束を交わし、その後の10年間の''その日"を描いた作品です。会うたびに立場や環境が変わっていく仲間たち。

  描かれた10年間は、人生の中で最も波乱に富んでいる時期です。結婚・出産・転職・夢の実現。ただし前向きなだけではなく、不倫や別れ、仲間の死なども...。その度にお互いに今まで気づかなかった思いや気持ちが徐々に剥がされ、それに向かい合う仲間たち。そして、最後まで残った主人公に示されたのは、意外な告白でした。


幸せだけで生きていける人間と、幸せだけでは生きていけない人間。

 お互いを認めつつも、新しい状況に向かう仲間をよそに、主人公は実家を継いで見合い結婚し、もっとも平凡(と見える)な道を進んでいきます。それが「ぶれない」ように見えるのか、仲間からは思いもかけない頼られ方をされることに。でも、彼は決して流されませんでした。当たり前の選択が報われることが少ない世の中、願わくば彼のような人間と友人になりたいものです。

 最後に、考えさせられる言葉がありました。「幸せだけで生きていける人間と、幸せだけでは生きていけない人間」。さて、最近の状況を鑑みるに、自分の場合は間違いなく後者のような気がする(笑)。

2009.02.07

美味しそうな香りがただよう「しあわせのかおり」

 今日は肩肘張らずに読める作品です。三原光尋「しあわせのかおり」。金沢の港町・大野町にある小さな上海料理店「小上海飯店」の王さんにつながる、ハートフルな5編で構成される小説です。それも直接つながる話ではなく、5編それぞれの主人公は家族や友人の向こうに王さんとつながりを持つ...というもの。それが、料理という媒体を通してリンクしていくのが面白いです。本題とは外れますが、全編に美味しそうな香りがただよいます。中国出張が多かった頃、浙江省の田舎で食べた料理は素朴だけど美味しかったのを思い出しました。

 私の場合、特に最初の2編がとても気に入りました。両方とも、終局ではホロリと来ました。あとの3編はどちらかというとおまけかな。王さんのように人を幸せな気持ちにさせられるって、とてもいいですね。


しんみり、微笑ましく、勢いに任せて、脳天気に、淡々と。

2009.02.01

自分の姿に重なる恐怖「孤高の人 (上)(下)」

 今回は長編に挑戦。これまで比較的ソフト路線の作品が多かったので、硬派な作品をあえて選びました。新田次郎「孤高の人」上下巻です。新田次郎といえば自然の中での極限の人間の姿を描いた作品が多いですが、この作品もそのテーマを貫いたものと言えるでしょう。

 昭和の初期、主人公は神戸にある造船所の技術者である加藤 文太郎です。彼は実在の人物ですが、その周りの人物はフィクションのようで、「八甲田山 死の彷徨」や「アラスカ物語」と同じく実在の人物をモデルとした「小説」と見るのが正しいようです。さて、主人公の加藤はふとしたことから山歩きを始め、関西の山を手始めに信州などそのステージを広げ、季節も夏から冬になり、やがてそれは「登山」になっていきます。一方で、感情を上手く表現できないその不器用さから、他人には決して受け入れられず、結果として「単独行の加藤」と呼ばれるようになります。

 社会的にも技師として認められ、かつ著名な登山家となった彼はやがて結婚。娘が生まれて山から遠去かろうとしていた時、後輩から「最後に一緒に冬の北鎌尾根に登って欲しい」と乞われた彼は、これを最後にすべく山へと向かいます。


新田次郎の山岳小説は、非常に硬派で読み応えがある。

 読み終えた感想です...が、「怖くなった」というのが正直な気持ち。何が怖いって、主人公の環境(=仕事の内容)や好きなもの(この場合は山への単独行)へののめり込み方が、単独ツーリングに没頭していた半年前までの自分にかなり重なることです。自分なりの哲学を持ち、用意は周到なところ。人付き合いが苦手で、感情を上手く表現できないところまで。そんな彼の行き着く先は...。

 さて、この作品で示されるもう一つ大事なことは、極限の状況下でのリーダーシップを明確にすることでしょう。終盤、初めてパーティを組んだ主人公たちに襲いかかる自然の猛威。ここで自分の意思を明確に示さないことが、悲劇への序章となってしまうことになります(これは同じ著者による「八甲田山 死の彷徨」で顕著です)。いずれにせよ主人公のような人間が「他人に引きずられる」ことが、いかに危険なことかをこの作品は教えてくれます。

2009.01.25

さすが直木賞?「まほろ駅前 多田便利軒」

 長らくご無沙汰していた「読書」。なんだか最近気力が沸かない上、旅行に出ることもなくて、あまり本を手に取ることもありませんでした。ただ、こんなことではいかんと思い再び「読書」を趣味に加えるべく、ページを開いた次第です。

 さて、今回の作品は三浦しをん「まほろ駅前 多田便利軒」です。本屋の紹介によれば直木賞受賞作とのこと。以前からこの著者の作品は気にはなっていたので、読んでみることにしました。ストーリーは東京の南西部に位置し、神奈川の侵略に晒されている(!?)まほろ市(モデルは町田市でしょうかね)の駅前で便利屋を営む主人公のところに、いわく付きの高校のクラスメートが転がり込んできて物語が始まります。さまざまな依頼をなんとなくこなしていく二人の間にはそれぞれに苦しい過去があり、依頼人を介してそれが徐々に明らかになっていくストーリー展開。人情劇のような、ミステリーなような、なんだか不思議な雰囲気の作品です。


タッチは軽いが、包括されたテーマは重い。

 結末は予想もつかないものでした。タイトルや文体からは想像できなかったのですが、テーマは「後悔の念と、そこからの再生」でしょうか。実は中に含まれたテーマは非常に重いものです。でも、それが重苦しく見せないことが上手いです。さすが直木賞受賞作というところでしょう。