2017.12.26

肩透かし?「彼女を愛した遺伝子」

 年末に駆け込みの一冊。松尾 佑一「彼女を愛した遺伝子」が今日のテーマです。
 柴山と松永は同じ研究室で遺伝子を研究するテーマを奨めていました。それぞれに幼少期のトラウマがあり、少し変わりものである二人。ある時、柴山は在りし日の父がある文系研究者との対談を見つけ、そこに父の意外の姿を見つけたことからモーリス教授の元を訪ねます。そこで出会ったのはオノダハルカという女子学生。彼は自分でも認識できない恋心を抱いて帰国しました。それを知った松永は「愛は遺伝子が決定する結果に過ぎない」という自らの理論を柴山を使って証明すべく、研究室から姿を消します。果たして3人の行き着く先は...?


うーん、ちょっと肩透かしな結末だったかな。

 途中までは微笑ましいぐらいの純朴さなんですが、松永が失踪するあたりからダークサイド?に変わります。さらに終盤には意外な展開を見せ、そして驚きのラストシーン。ちょっと肩透かしを食らったような物語でした。
 結局、人生は自分で作るものだという逆説的証明になっているように思えました。

2017.12.24

お仕事紹介小説「空飛ぶ広報室」

 有川 浩さんの「空飛ぶ広報室」を読み終えました。この小説、先年テレビドラマ化され話題になったようです。友人から「好きな作品」と紹介を受けて手に取りました。
 ブルーインパルスで飛ぶ夢を持っていた航空自衛隊パイロット、空井は不慮の交通事故により負った傷でパイロット資格を失ってしまいます。失意の彼が配属されたのは防衛省・航空幕僚監部広報室。そこは自衛隊のメディアに対する顔となる部署。頼れる?室長や階級が下のベテラン広報官、個性豊かな先輩の元で全く経験のない業務に悪戦苦闘する毎日でした。そんな中、彼は美人テレビディレクター、稲葉さんのアテンドを任されます。第一印象最悪の出会いは一体何をもたらすのか?


「県庁おもてなし課」に近い、お仕事小説の趣が濃い印象です。

 後で調べてみると、どうやらドラマとは結末がちょっと違うようです。原作ではどちらかというと「お仕事小説」という趣が濃い。ロマンス要素もありますが、それほどはっきりとしていない。むしろ「そうなってほしいなあ」と読者に思わせるような印象です。仕事の内容が特殊なだけに、組織の仕組みの紹介がどうしても多くなるのを除くと、同じ作者の「県庁おもてなし課」にちょっと似ています。スポットの当たる登場人物が比較的多いことから、エピソードが豊富なのがいいです。
 読み取れるのは「夢破れても絶望することはない」ってことですかね。

2017.11.25

結実はしたが...「ザーッと降って、からりと晴れて」

 こちらもかなり前に読み終えていたものの、感想を書くのが遅くなりました。秦 建日子「ザーッと降って、からりと晴れて」が今日のお題。私にととっては初めて読む作家です。
 リストラされそうな中年会社員が、エレベーターの中に女性と閉じこめられた時に間を持たそうとした会話。チャレンジとしてシナリオライターを始めた女性。大学であこがれの先輩と付き合い始めたものの、すれ違い始める女性。それらに共通するキーワードが「ニューカレドニア」。さて、バラバラに進む物語は、いったいどう結ばれるのか?


結実はしたものの...で、なんだったんだ?

 ギミック系の作品でした。連作小説の体を取っているものの、どうつながってくるのかは予想もつきませんが、最後に名前が明かされてパズルがぴたっとハマる、そんな感じです。ただ、ひとつひとつのエピソードがあまりに淡々としていることもあって、あまり没入できなかった印象です。

2017.11.14

まだまだ続く?「金曜日の本屋さん 秋とポタージュ」

 だいぶん前に読み終えてはいたのですが、色々あってまだ感想を書いていませんでした。名取 佐和子著の「金曜日の本屋さん」シリーズ第3弾、「金曜日の本屋さん 秋とポタージュ」です。
 駅ナカ書店「金曜堂」でバイトに励む倉井が大学で金曜堂のアルバイト募集の張り紙を準備していると、同じゼミの女子学生が声をかけてきました。なんでも学祭でブックカフェをやるので、それについて金曜堂にアドバイスをして欲しいとのこと。彼女とその連れは金曜堂で研修?をすることになるのですが、何やらその二人は中が良さそうなのにどこかちぐはぐな組み合わせで...? 全4話で構成されています。


テーマは「秋」。今回は私の知っている本もありました。

 相変わらず楽しさが続く展開です。この作品群の面白いところは、過去にチラッと出てきた登場人物が主人公になり本をベースに印象的なエピソードを見せてくれる点です。特に第2話の「書店の森」はその傾向が強い。一体著者はその全体像についてどんな構想を持っているのでしょうか。これ、倉井くんが大学を卒業してしまうまで、まだまだ続けられそうです。

2017.10.22

正直なところ理解不能「ナラタージュ」

 再び読むペースが上がってきました。島本 理生「ナラタージュ」が今回のテーマです。以前から気にはなっていたのですが、書店のPOPでよく紹介される「禁断の愛」というのにちょっとひっかかって敬遠していました。ところがこの小説が映画化され現在公開中(なぜ特別試写会の主催がJALなのかは謎ですが...)。後々比べることもありそうなので読んでおくことにしたのです。
 工藤泉は大学2年生、かつて高校時代は演劇部に所属していました。平穏な日々を送る彼女に、高校の演劇部顧問から一本の電話を受けます。それは舞台をするのに現役生の数が足りないため、OB・OGの手を借りたいというものでした。彼女と同じく同級生の黒川、志緒、それから黒川の友人で小野の4人が舞台を手伝うことになります。その中で彼女は卒業前にあったある出来事を思い出すのでした。


前々から読もうと思っていた作品、映画との比較も楽しみです。

 女性視点で書かれた物語でもあり、正直なところ理解不能という印象です。しかしこの先生のダメさ具合はかなりのものです。問い詰められてすぐに折れてしまうところは頂けません。こういう人を好きになるというのは、もう理屈ではないのでしょう。合理性を大事にする者にはしょせんわからない世界なのか...?

2017.10.15

写真の空気感に酔う「アラスカ 風のような物語」

 この1週間、朝の通勤時間を使って読んだのが星野 道夫「アラスカ 風のような物語」。私の選択としては珍しいフォトエッセイです。 実はこの本、自分で選んだのではなく知人にプレゼントしてもらったもの。私がいま写真に凝っているので、それを踏まえて写真家としての星野氏の作品を紹介してくれたというワケです。
 もともとは週刊誌連載のフォトエッセイをまとめたものなので、ストーリーと呼べるものはありません。アラスカの自然、動物、現地に住む人の生活について、写真数枚を伴って淡々と語っていく体裁です。


なんだろう、この写真から伝わってくる空気感。テクニックとは違う。

 アラスカが舞台だけに、私は新田 次郎「アラスカ物語」を思い出しました。昔ながらの生活が、文明に侵されるという背景には共通点があります。ただこの作品では、それをある程度受け入れながらも「自然への感謝」が所々で触れられているのがとても印象的でした。文章は洗練されていないのですが、それゆえに「普通の人」が体験すればそう感じるのであろうと思えてきます。
 一方、作中の写真はじっくり見れば見るほど「被写体への優しさ」が感じられました。写真のテクニックとしては驚くようなものは見当たらないのに、絵として見るとそのように感じられるのが不思議です。やっぱり被写体への「敬意」や「愛」がそうさせるのでしょうか。テクニックだけでは人に何かを伝えることはできないようですね。

2017.10.08

これはミステリーじゃないでしょ「終電の神様」

 久しぶりの読書です。実は先の一時帰国で本を大量に持ち帰っているのですが、風邪を引いたり集中力がなかったりでなかなか手をつけられていません。そこで、分けて読みやすい短編集のような構成をもつこの本から再開です。作品は阿川 大樹「終電の神様」。
 終電に近い満員電車が人身事故で運転見合わせとなり、駅間で停車。その電車にはさまざまな事情を抱えた人々が乗り込んでいました。用事で急ぐ人、終電への連絡を心配する人...。それぞれの人生に、この運転停止はどのように影響してしまうのか? 7人7様のドラマが展開します。


「運転、見合わせ中」とよく似た物語ですが、こちらの方が意外感は強い。

 この間読んだ「運転、見合わせ中」に着想は近いですね。ただ、こちらの方が登場人物にちょっと「アブノーマル」感があります。それぞれに救いがあり、悲しみがあり、希望がある。ただそれだけといってもいい。
 結局、満員電車に乗る一人一人にドラマがある、という当たり前のことを描いているのですね。

2017.08.20

これは願いか?それとも…「余命10年」

 Agraとの往復の間に文庫本を一冊読み切りました。作品は小坂 流加「余命10年」、先日刊行された新刊です。
 二十歳を迎えた主人公、茉莉は突然病魔に襲われます。病気は極めて稀な症例であり、一時は生命も危ぶまれましたが、それは一時的な回復でした。彼女は主治医から、過去の症例から余命は長くても10年であることを告げられます。彼女はそれを受け入れ、周囲に悲しみを残さないために常に笑顔で生きていくことを決めます。ただ、たった一つ「為すべきではないこと」を胸に秘めて…。


ストーリーと現実の結末がシンクロしている...?

 ストーリーは淡々と進んで行き、それぞれのイベント後に彼女のモノローグでその想いが綴られます。ここは喜び、迷い、悲しみが入り乱れてとても切ない。
 さて、読み終えて作者の紹介を見たところで衝撃を受けました。小坂氏はこの文庫本の編集を終えたところで刊行される前に逝去したとのこと。もともとこの作品は2007年に発表されたものだそうで、あまりに作品世界に重なっているのに驚いた次第。そうすると、これはある意味作者の「願い」だったのか…? 確かめる術はありませんが、その素性からあまりにも印象に残る作品となりました。

2017.08.13

運命のいたずらが紡ぐ物語「運転、見合わせ中」

 畑野 智美の「運転、見合わせ中」を読み終えました。前に読んだ「海の見える街」が面白かった上、私の興味のある鉄道をテーマにした作品。読むのを楽しみにしていました。
 ある普段の一日。通勤時間帯に電車が運転を見合わせます。それに関わる大学生、フリーター、デザイナー、OL、ひきこもり、そして駅員...。様々な立場の人たちが、「運転見合わせ」という状況で各々ちょっとしたドラマが巻き起こります。電車が再び動き出した時、彼らが行う選択とは?


運転見合わせ中の電車を軸にした短編集のような体裁です。

 楽しく読めました。電車が遅れることに対して、それぞれの立場での影響が語られ、それが次の選択につながっていく。いかにもありえそうで面白い。しかも、その運転見合わせの原因に、ストーリーが進むにつれてちょっとずつ近づいていくという仕組みもあって、最後まで飽きずに読み終えられました。
 こういうちょっとした運命のいたずらが、停滞していた状況を再び動かしてくれることが、本当にあれば面白いんですけどねえ。

2017.08.06

人物が記号のように見える「運命に、似た恋」

 最近読書のペースが順調です。この分だと次回の一時帰国までに、現在ストックしてある本をすべて読み終えられるかもしれません。
 今日の作品は北川 悦吏子「運命に、似た恋」です。先日ドラマとして放送された作品のノベライズ。氏は恋愛ドラマを得意にしており、話題作のあちこちで名前を見ます。さて、どんな話が展開するのか?
 バツイチで高校生の息子と暮らす45歳のカスミは、裕福層向けのランドリー店で働く毎日。ある日、客先でデザイナーのユーリから声をかけられます。なぜか彼女に執着するユーリを周囲も不思議に思うのですが。実は彼には少年のころにカスミとある約束をした過去があったのです。


名前をカタカナ読みすることで、登場人物がなんだか記号のように見えてきます。

 感想は「読みやすいけど感情移入はできない」。一応ストーリーは練られていて、色々と伏線は張ってあるのが読んでいてわかるので、それなりには楽しめました。ただ、私がいただけなかったのは登場人物の名前をカタカナで表記していることです。なんだか人物が記号化されているようで、現実感が持てないのが気になりました。

2017.07.30

持って生まれた性質には逆らえない?「よるのふくらみ」

 初めての作家の作品です。窪 美澄「よるのふくらみ」。こちらも通勤の車内で1週間かけて読み終えました。
 とある町の商店街、そこで育った保育士のみひろは、幼なじみの圭祐と同棲中。彼の母から「結婚は彼の父親の三回忌を終えてから」という希望を入れ、まもなくその時期を迎えようとしていました。ところが彼の仕事が忙しく、セックスレスであることに次第に不安を覚えていきます。 みひろに好意を持っていた圭祐の弟、裕太は二人のすれ違いに気づき、みひろをいたわろうとするのですが...。


うーん、ちょっと結末に納得いかない感が強いなあ。

 物語はみひろ、圭祐、裕太それぞれの視点を交えて進んでいきます。そこに彼らの家族の事情がからみ、気持ちが空回りしていくような展開です。やっぱり持って生まれた性質には逆らえないのかもしれません。気持ちを変に歪曲せずにストレートに表現する登場人物が多いので、わかりやすくはあります。
 それにしても、最終的な落ち着き先としてはちょっと納得いかないなあ。これってハッピーエンドなのか? 正直よく分かりませんでした。

2017.07.23

映画の方が衝撃的?「イニシエーション・ラブ」

 乾 くるみ「イニシエーション・ラブ」を読破しました。この作品、実は5月末に帰国便の中で映画を見ており、ストーリーというか、結末はもう知ってしまっています。このため、映像と原作の違いに着目して読みました。


映像の方が「そういうことか...」という納得しやすいです。

 読んでみると、映画は比較的忠実に原作を映像化していたことがわかります。原作ではどうしても文字だけで想像するしかない部分が、映像だと(重要なアイテムである音楽も含めて)すんなり入ってくるからです。原作では最後の「!」というところが、映画ではちゃんと説明になっていたので、より納得しやすい。とはいえ原作には原作の良さがやっぱりあって、登場人物の内面がちゃんと描かれているので、これはこれで重要かと。
 結局、両方見て初めて完結する、という感じです。

2017.07.12

???の結末に唖然「湖底のまつり」

 今回の作品は通勤の車内で数日かけて読んだ泡坂 妻夫の「湖底のまつり」です。私の作品チョイスにしては珍しくミステリーもの。前回買出し帰国した際に立ち寄った書店で「復刻版」としてPOPが出ており、その表紙デザインに惹かれて手に取りました。その時はわからなかったのですが、作品自体は1980年に初版が出ていたものです。
 香島紀子は傷ついた心を癒そうと、一人でダム建設が行われている山間部へ旅に出ます。そこは古くからの奇妙な風習の残る村。彼女は渓谷で物想いにふけるうち、増水に気づかず流されてしまいます。その窮地を救ったのは地元に住むという青年、埴田晃二。二人はその夜結ばれるのですが、翌朝紀子が目を覚ますと彼の姿は消えており、彼を探す紀子にある村人はこう告げるのでした。「彼は先月に毒殺された」と。


久しぶりに読んだミステリー作品、でもこの結末はどうなのよ?

 物語は第二章から意外な展開を見せ、各登場人物の行動が事の全体像に帰結していきます。最後まで謎は明らかにならないのですが、その種明かしは「そんなのありえるか?」という印象。私はこの結末には全然納得することができませんでした。書評では絶賛する向きもあるようですが、正直そんな感じには思えない(文章上のテクニックとしてなら評価できるかもしれませんが)。
 ダム建設や特異な風習など、全編を通じて昭和的匂いが色濃く漂っており、独特の雰囲気があります。

2017.07.02

何が運命だったのか?「ふたつのしるし」

 宮下 奈都「ふたつのしるし」を読み終えました。この作家さんは以前から気にはなっていたのですが、なかなか自分の好みに合う作品がなかったので、読む機会がありませんでした。本作は比較的ページ数が少ないこともあって読みやすいと判断し、手に取りました。
 ある田舎町でひっそりと暮らす少女、遥名。彼女は美人なのですが、それを自覚しているのにあえて眼鏡をかけて風采の上がらないようにして目立たないよう過ごしていました。一方、落ちこぼれの少年である温之は、学校では周りに理解されず、母親を亡くしたこともあり、孤独の世界に没入していきます。二人の「ハル」が織りなすそれぞれのストーリーが「あの日」に交錯するのでした。


結びつく必然性が全く私にはわからない...?

 全体は6話構成になっていて、遥名と温之それぞれの視点から二人の状況が語られていきます。友人とのふれあいや孤独、失恋や仕事など。それが終盤に重なるというのはよくある展開です。ただ私が思うに、あまりにもそこに至る布石が明確になっていないので唐突感だけが残ってしまったような印象です。

2017.06.24

新たなヒーロー誕生を予感させる「キアズマ」

 通勤の間に近藤 史恵「キアズマ」を読みました。この作品は「サクリファイス」「エデン」そして「サヴァイヴ」に続く自転車レース第4弾。今まではプロチームの中での物語でしたが、今回は打って変わって大学の自転車部が舞台になっています。
 新光大に入学した岸田はフランス帰り。以前は柔道をやっていましたが、とある事情からスポーツに打ち込むことに躊躇するようになっていました。ある日彼はロードレーサーを駆るグループに絡まれます。逃げようとする彼でしたが思わぬ事故が起こり、相手に重傷を負わせるきっかけを作ってしまいます。謝罪に訪れた岸田に告げられたのは「1年だけでいいから自転車部に入って欲しい」という相手の要望でした。断れずにその言葉に従う彼でしたが、初めて乗るロードレーサーにたちまち惚れ込み、走る喜びを見つけていくのでした。


過去3作と異なり、楽しさに目覚めるビギナーの姿を描いた作品です。

 今作もなかなか面白い展開でした。これまでと違って舞台が日常に近いので、新しい楽しさに目覚める主人公、そして頭角を現すことで生じる周囲との軋轢、走りたいという心にブレーキをかける過去との間で揺れ動く姿が容易に思い浮かべられながら読み進めました。過去の作品に出てきた人物の「ゲスト出演」もありました。
 やや後半の展開がボリューム不足に感じたところはありますが、過去作を読んでいなくても楽しめます。また現在5作目が文学誌連載中とのことなので、この世界はまだまだ続きそう。次回作も楽しみです。

2017.06.10

暗い過去が明らかに「金曜日の本屋さん 夏とサイダー」

 先週読んだ「金曜日の本屋さん」の続編、「金曜日の本屋さん 夏とサイダー」が今週のテーマです。
 駅ナカ書店の金曜堂に倉井がアルバイトとして入ってからのこと。夏休み直前に地元の野原高校生、東膳紗世が訪ねてきます。彼女は「読書同好会」を復活させようと顧問の先生を口説いていたのですが、色よい返事がもらえないためにOBである金曜堂メンバーに口添えを頼もうとしたのです。ところが店長の南はあまり前向きではなく、オーナーと栖川も意味深な戸惑いを浮かべるばかり。彼らには共有する暗い過去があったのでした。


世相を反映したストーリーです。

 続編は金曜堂メンバーの暗い過去を掘り下げるものでした。ここでも「本」が重要なアイテムとして登場し、前作以上に込み入った謎解きを読者に求めてきます。前作の布石も今作でしっかりフォローされていて、そういう点では楽しめました。

2017.06.04

元ネタがわからないと...「金曜日の本屋さん」

 初めて名取 佐和子氏の小説を読みました。作品は「金曜日の本屋さん」です。
 都心から北関東方面に向かう路線の駅にあるという「読みたい本が見つかる本屋」。大学生の倉井史弥は病気で入院している父に、以前借りた本を返すように頼まれますが、実はその本を紛失してしまっていました。藁にもすがる思いで訪れたのは、その噂の駅ナカ書店「金曜堂」。そこで彼が出会ったのは可愛らしい店長、南槙乃。「金曜堂へようこそーっ!」と出迎えてくれた彼女に促されるままに秘密を打ち明けた倉井。果たして彼の求める本は見つかるのか?


元ネタを知らないと伏線が読めない...。

 本屋さんを舞台にした小説ってあまり読んだ覚えがないだけに、そこに書かれている内情は新鮮でした。さて、この作品は人情ドラマではありますが、それを下支えするのが本の名作です。各章でテーマがあり、それをフォローする形で作品が紹介されています。私も読書量は平均よりは高いほうだと思いますが、残念ながら読んだことのある作品はなかったので、その伏線が読み切れませんでした。登場人物は魅力的な人が多いので、その点はよかった。
 予備知識がないと芯からは楽しめない感じです。

2017.05.13

不思議な視点のロードノベル「旅猫リポート」

 有川 浩の「旅猫リポート」を読み終えました。
 野良猫だったナナは、ある日交通事故にあってしまい重傷を負ってしまいます。そこで以前に知り合っていたサトルを頼ることに。それがきっかけとなり、猫好きのサトルと一緒に暮らすことになりました。それから5年後、サトルはナナをとある事情から手放さなければならなくなります。信頼のできる引き取り手を探して、サトルとナナの旅が始まるのでした。


ちょっと切ないけど、後味は悪くありません。

 ナナの「お見合い」のために訪ねるのは、かっての小学校、中学生や高校生の同級生たち。それぞれにサトルと猫を通じた交友があり、過去のエピソードから徐々にサトルの過去が明らかになっていきます。そして旅の最後には必ず別れが待っているものなのです。
 切ない物語ですが、視点の一つがネコなので、重々しい雰囲気はあまり感じられません。それだけに読み終えた後に通常なら残るであろう「やり切れなさ」が軽減されているような印象を受けます。

2017.04.22

そのオチはアリか?「彼が通る不思議なコースを私も」

 白石 一文「彼が通る不思議なコースを私も」を通勤時間を使って読破。私は彼のデビュー作「一瞬の光」が好きで新作が出るごとに読んでいるのですが、残念ながらそれを超えると思う作品には巡り合えていません。今作は...?
 主人公、霧子は彼氏に別れ話をする友人の付添である会社に出向きますが、そこで自殺騒ぎが発生。その現場で彼女は「死神」と形容すべき人物に出会います。彼はすぐに姿を消すのですが、後日思わぬところで霧子は彼に再会。彼は椿林太郎という小学校教師で、不思議な能力を持っていました。彼女は彼に興味を持ち、そして...。


なんだかなあ、ずっと読んできてこのオチは納得いかん...。

 読み終えての感想は「なんだかなあ」というもの。書かれていることも現実感が感じられないし、何より登場人物があまり魅力的に見えないんですよね。おまけに最後の最後で「なんだこれは」という展開になるし。
 私にはこの作品の良さはわかりませんでした。

2017.04.15

こと葉のチカラ「本日は、お日柄もよく」

 「カフーを待ちわびて」が印象的だった原田 マハ氏の小説「本日は、お日柄もよく」の感想です。
近作で焦点が当てられたのは「スピーチライター」という仕事。読んで字のごとく、スピーチの原稿を作る人というのがテーマです。最近ではオバマ大統領とか、Appleのスティーブ・ジョブズなど「プレゼンテーション」が流行しました。プレゼンテーションもスピーチのひとつの形態ですから、その裏舞台を題材にするとは面白そうではあります。
 高名な俳人を祖母に持つ二ノ宮こと葉は、都内の菓子会社に勤めるOL。彼女は兄妹のように育った幼馴染みの結婚式で、とある女性がしたスピーチに感動を覚えました。その女性は「伝説のスピーチライター、久遠久美」であることが判明します。こと葉はちょうど友人の結婚式でスピーチを頼まれたこともあり、すぐに久美に弟子入り。一方、彼女は仕事でもう一人の敏腕スピーチライター、和田日間足と出会います。会社のブランディングプロジェクトで彼と一緒に働くことになったこと葉は、さらに「言葉」の奥深さに引き込まれていきます。そして彼女の周りには大きなうねりが発生、思いもかけない展開に彼女はあることを決意するのでした。


脱力感満点のテンポいい会話が楽しい。

 スピーチというのは言葉だけではなく、その人の仕草や視線によって評価が定まると思っていたので、「小説の文字だけでそれが語れるのか?」という疑問があったのですが、杞憂でした。とにかく面白かった。物語の展開上、当然「語り」がメインになりますが、その言葉が読者にまで迫ってくるように感じられます。また、固いだけでなくて所々で出てくる「ボケと突っ込み」がふっと息抜きを感じさせ、それが違和感になっていないのは見事。
一方でちょっと気になったのは起承転結の文章量のバランス。前半の丁寧な展開に比べ、後半部分は盛り上がるもののちょっと分量的に物足りない印象でした。もう1エピソードあればちょうどいいようにも見えるんですが。そこだけが惜しいと感じました。
 さてこの小説、後半は特に時事的な描写が多いのですが、今の現状を見るに「本当によかったのか?」と感じるところもあり、ちょっと複雑な気もします...。

2017.04.02

脱力後のほっこり感は健在でした「春、戻る」

 瀬尾 まいこの新作「春、戻る」をクルマの乗車時間を使って読みました。氏の作品は「天国はまだ遠く」を筆頭にして、なんだか脱力しそうなゆるゆる感や落ち込み感からスタートし、最後にはほっこり前向きになるものが多いのが特徴です。今作でもその魅力は発揮されていました。
 望月さくらは30歳を過ぎ、まもなく和菓子屋を家族で営んでいる山田さんに嫁入りすることになっていました。そこに突然明らかに自分より年下なのに「兄」と称する男性が現れます。その屈託の無さにあれよあれよと彼のペースに巻き込まれ、いつの間にやら姿を見ないと落ち着かないようになってしまいます。彼は一体何者なのか?


脱力感満点のテンポいい会話が楽しい。

 期待通り楽しく読めました。氏の作品の登場人物は不器用な人間が多いのですが、その会話がズレてはいるんだけれどもほのぼのしていて面白いのです。さて、「兄」の正体はちょっと意外なものでした。記憶を閉ざすというのは誰にでもあると思うのですが、そこまで完全に忘れられるかな?という疑問もチラリかすめましたが、それでもストーリーとしては納得できるレベルだと思います。

2017.03.24

ついに全巻リリース終了!「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」

 安彦 良和氏の「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」のiBooks版の最終巻がこのたびリリースされ、完結しました。2年前に第8巻が出たところで読み始め、3〜4ヶ月に2巻づつリリースされる度にiPadで読むことを楽しみにしてきた作品です。

 作品は言わずと知れた「1stガンダム」のリビルド版。作者はその生みの親の一人で、作品に深く関わっていただけに違和感が全くありません。
 一方で単なる焼き直してはなく、 時代が変わって描写が現代に合わなくなったところや、設定も見直されて新たな物語として再構築されています。テレビ放映されたストーリーをベースに、これまで描かれなかったシャア・セイラの過去から、これまで年表でしか語られてこなかった開戦期の模様が初めて詳しく描かれました。現在はこの作品をベースにOVA化が進行中です。

 やっぱり「ファースト」の存在感は特別なものがあります。初回のテレビ放映からもうすぐ40年。その輝きは失せるどころか、宇宙世紀の世界をさらに広げていっています。

2017.03.18

東北ニューヒロイン物語三部作完結「いとみち 三の糸」

 越谷 オサムの「いとみち」シリーズの完結編、「いとみち 三の糸」を読み終えました。2014年から読んできた三部作もついに完結です。
 津軽弁にコンプレックスを持ち、人見知りの激しいドジっ娘メイドの相馬いとは高校3年生になりました。三味線の腕はますます冴え、写真部にもメイドカフェにも後輩ができてそれなりに成長したいとでしたが、その前に「受験」が立ちはだかります。ひょんなことから目標を見つけ、それに向かっていくいと。そしていよいよ勝負、果たして彼女にハッピーエンドは訪れるのか?


おなじみの登場人物がさらにパワーアップ。

 相変わらず個性的な登場人物がにぎやかです。さらに今作では一癖も二癖もある後輩が加わり、彼女を上下左右から揺さぶります。ドタバタではありますが、前作と比べるとちょっとエピソードの盛り上がりが弱いかな? また、読んでいてバッドエンドが予想できず、結末は途中から容易に想像がつくものになってしまったのですが、逆に安心して読み進められました。
 三部作、とても面白くて楽しい作品でした。

2017.03.10

今ロットは大漁

 一時帰国の際に必ずやるのが文庫本のまとめ買い。特に次回まではインターバルが長くなる見通しなので、できるだけ多く買って帰ろうと本屋でじっくり興味を引く作品を探しました。最近は好みの作家というのがだいぶ固まってきたせいか、あまり新しい作家のものに手が出にくくなっています。
 未読の本は残り7冊で、この他に電子書籍が1冊あるので当面は退屈しなさそう。でも1ヶ月に1冊以上読んでいかないと終わりません。積極的に読んでいかねば。


一ヶ月に一冊以上読まないと!?

2017.02.19

いつもの路線「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

 最近新作の発表が近いと言われている村上 春樹の前作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読み終えました。氏の作品は個人的には「ノルウェイの森」以外、正直よくわからないところがあるのですが、今作ではどうだったのでしょうか。
 東京で駅造りのエンジニアである多崎つくるは高校時代、同級生4人とのグループを組んでいました。大学進学後もその交流を続けていたのですが、ある時突然他のメンバーから絶縁を宣言されてしまいます。心当たりもなく深く傷ついた彼でしたが、その原因はわからないままでした。そして月日が流れ、新しい恋人を得た彼は彼女から自分のためにもその原因を追及すべきだと諭されます。そして彼は、その過去に向き合う選択をしたのでした。


設定に特殊性がないのですんなり入っていきました。

 今作では「1Q84」などのような「設定の特殊性」が見られないのですんなり入っていきました。一方で主人公の内面には相変わらず「人に理解されなくても」という醒めた部分と、ダークな部分が共存するいつものパターンの人物像が見られます。そしてその結末は…なんじゃそりゃ、という印象。いい意味でも悪い意味でもいつもと同じ、というのが私の印象でした。
 一気に読めたものの、なんだかすっきりしないまま終わっちゃった感じです。

2017.02.05

そうきたか!「カササギの計略」

 次の作品は才羽 楽「カササギの計略」です。「このミステリーがすごい!」の最終選考に残った作品を加筆修正したもので、著者のデビュー作ということになります。
 大学生である「僕」が帰宅すると、家の前に見知らぬ女性が彼を待っていました。彼女は彼と過去に交わした約束を守るために会いに来たと告げますが、彼には全く心当たりがありません。とはいえ「流される」性格の彼は彼女にどんどん引っ張られ、彼の部屋で同棲することに。彼は彼女に惹かれていくのですが、彼女は難病を患っており残された時間はわずかだったのです。そんな二人の行きついたところは...?


実は「君の膵臓をたべたい」と被って混乱しました。

 中盤まではいわゆる普通の展開なのですが、終盤に驚きの展開が待っていました。そういえばこの賞は「ミステリー作品」のためのものでしたね。伏線が昇華して事実に結びついていくストーリーは見事。さすが最終選考に残っただけのことはあります。ちょっと切ないけど、微かな救いも垣間見える結末ではありました。
 ただ、「君の膵臓をたべたい」と同時期に読んだことから、設定が一部似通っていたので読んでいてちょっと混乱しました。2冊平行して読むのは、いかんな。

2017.01.29

まさかの展開を望むも息を飲んだ終局「君の膵臓をたべたい」

 通勤の帰路を利用し、iPadから購入した本書を読み終えました。住野 よるの「君の膵臓をたべたい」で、著者のデビュー作だそうです。タイトルだけを見るとドキリとしてしまいますが、内容は全くそこから想像されるものとは違いました。
 「僕」は他人に興味を持たず、クラスの中でひっそりと意識されることがない存在として毎日を送っていました。ある日、彼は病院の待合室で、誰かが置き忘れたのであろう「共病文庫」と題された手書きの本を見つけました。それは彼のクラスメイトである山内桜良のものでした。実は彼女は重い膵臓の病気で、余命がいくらもない状態だったのです。彼女は周りに口止めをすることを彼に要求し、そして事あるごとに彼に対して話しかけてくるようになりました。それに応ずるうちに少しずつ変わっていく「僕」。果たして、二人の交流の行き着く先にあるのは...?

 レビューにもある通り、物語は終局で思わぬ展開を見せます。最初に読んだ時はこんな結末が果たしてあっていいのか、と思わざるを得ませんでした。ただ、ある意味でハッピーエンドは最初から約束されない物語であったわけですから、それが希望に切り替わったのは見事と言えるかもしれません。
 個人的には主人公に感情移入できるところが大きかったのですが、逆に「誰かが自分のことを見てくれているかもしれなかった」というのが一つ発見できたことかもしれません。印象的な小説でした。

2017.01.21

壮大な妄想女子の独り言「勝手にふるえてろ」

 振り返ればもう4ヶ月読書から遠去かっていました。年齢を重ねるにつれて視力や集中力が落ちたりするので、本を手に取るのがだんだん億劫になってきます。が、ここで読書という趣味を手放すと表現力の衰退を招いてしまう。そうなるとまずいので本を日本から調達してきました。
 綿矢 りさの「勝手にふるえてろ」が今回の作品です。江藤良香は会計課に所属する普通のOLですが、中学校時代の片思い以外、恋愛に関して全く縁なし。一方で彼女はいわゆるオタクのため、妄想が時々暴走してしまう。そんな中、彼女に言い寄る同僚が現れますが、一方で片思いの彼とも再会。さて、彼女の選択とは?


ほとんど全編を通して妄想女子の独り言...疲れた。

 ほとんどが妄想女子の独り言で、自分で突っ込んで自分でボケるの繰り返しです。うーん、一つ一つのエピソードは微笑ましいんですが、さて彼女が成長したか?と言われるとそういう感じでもありません。
 正直、感想を語るのが非常に難しい…。