2016.09.23

本質が見えず終いに「その青の、その先の、」

 最近また読書から遠去かってしまっていたので、自分で自分に活を入れています。久しぶりに手に取った作品は椰月 美智子「その青の、その先の、」です。
 蓑島 まひるは17歳の高校2年生。彼女には容姿端麗でバンドに夢中のクロノ、弓道部でがんばる夏海、生徒会で先輩に憧れる一途なむっちゃんという親友たちに囲まれ、落語家を目指すという亮司とのデートが何より楽しみという充実した生活を送っていました。その一方、将来に向けた希望や夢はまだ形になっておらず、なんとなく感じる不安も同居している年代。幸せな日々は、ある出来事を境に激しく揺れ動き、それぞれ進む道にも変化が表れるのでした。


ドラマはあるんだが...淡々とした描写で物足りない?

 さて、読んでみての感想は「良くも悪くも平坦」。悲劇や喜劇を変にドラマ仕立てにしない描写は、日常を強く意識させるもので、現実感をはっきり持たせるのに成功しています。一方で、それが徹底しすぎて盛り上がりに欠ける点が読んでいて物足りない。あっちを立たせればこっちが立たずで、ある意味絶妙なバランス感ではあるのですが、それゆえに印象には残りにくい...?

2016.08.12

多分に実験的な「ストーリー・セラー」

 有川 浩の小説「ストーリー・セラー」が今月の4冊目です。
 物語はSide-A/Side-Bの二本立て。Side-Aでは小説家を妻に持つ夫が主人公。馴れ初めから妻が病を得るまで、そしてその後の選択を描きます。一方、Side-Bでは主に妻の視点から夫に降りかかる災難を描いています。Side-AとBの共通点は小説家の妻と、その夫の物語であるということ。それぞれの試練の先に待つ結末とは?


虚実が入り乱れて読みにくく、読んでいてちょっと疲れました。

 先年に読んだ「ヒア・カムズ・ザ・サン」に近い構成になっていますが、こちらは2編がパラレルワールドではなくて別個の物語という点で違いがあります。しかしSide-Bにおいて顕著ですが、虚実の入り乱れた構成に振り回された感があって、妙に読み終えての後味がよろしくない。読み進むにつれて疲労感が出てくる、という感じ。
 作者の環境をモデルに書かれた感もあり、それも一層混乱に拍車をかけている気もします。
 うーん、末尾にあるような「心震えるストーリー」という感じではなかったなあ。

2016.08.10

美しくも粋である「葉桜」

 橋本 紡の小説「葉桜」を読み終えました。今月はもう3冊目になります。
 主人公、櫻井佳奈は書道教室に通う高校3年生。教室の先生に片想いをしつつも、先生の奥さんである由季子さんのことも好きな彼女は、その秘めたる想いを持ちつつ筆を取り紙に向かう日々でした。ある日知ってしまった先生の過去や、書道にひた向きに取り組む同い年の津田くん、そして妹の紗英との関係の中で、佳奈はついにある行動に出ます。それに対する先生の答えは...?


終章、その想いを表現するシーンは絶筆です。

 いい意味で「上品なすっきり感のある」作品でした。終章、佳奈が自分の想いをぶつけるシーンは美しく、そして粋なものでした。「字」を通して語られる感情。これは映像化しようとしても絶対に無理なような気がする。結末はわかっていたとしても、息を呑むようなやりとりが衝撃的でした。
 また、巻末の解説の文章もなかなかのものです。

2016.08.07

交錯する思惑「JAL 虚構の再生」

 通勤時間の読書、2冊目は社会派作品である小野 展克氏の「JAL 虚構の再生」を読破しました。私も駐在生活が始まってから度々JALを利用していますが、2010年に会社更生法の適用を申請し破綻したのは記憶に新しいところです。かつて日本の国際線を一手に担い、バブル期には世界一の称号まで手にした会社がこんな事態に陥るとは、おそらくは誰も想像できなかったはずです。
 この本ではJALの沿革をたどって破綻に至った経緯を明らかにし、その再生にあたってJAL内部、国土交通省、財務省、政治家、政府、企業再生エキスパート、そしてライバルであるANAとの関係に翻弄される巨大な企業体の姿が記されています。


組織が巨大であればあるほど、交錯するそれぞれの思惑に翻弄される。

 読んでみてタイトルと中身が少し食い違っていることに気づきました。タイトルからは「まるで再生が見せかけだけ」のようにも思えますが、実はそうではない。むしろ「その再生が行き過ぎでは」というニュアンスで語られているのです。それはJALとANAの収益と利益が逆転している現状を見れば、なるほどと思える部分もあります。であっても世界の中で見ると、競争力はどちらも低いという点は一般の人には感じにくい問題点です。本書ではその解決のため思い切った提案もなされています。
 私がこの本を読んで感じたのは、こういう話は「巨大な組織ではどこにでも起きうる」という点です、実は私の所属する会社でも、最近はこういう内部抗争の話には事欠かないのが実情。周りをイエスマンで固め、気に入らない人間は飛ばし、ポストを確保しようとする...。決して対岸の火事と言えないところが恐ろしい。
 また、本書では様々な人間が色々な立場で会社の再建に関わってきますが、「したい」という事は感じられても「それは一体何のために」が想像できない人物が多いのが気になりました。私の考える究極の動機は「自分以外の誰かを喜ばせる」ところに行き着くのではなかろうかと思うのですが、それを感じさせる登場人物が見当たらないのはどういうことなのだろうか?
 読み終えて重い宿題を手渡されたような、そんな気分です。

2016.08.05

その関係が羨ましい「僕らのごはんは明日で待ってる」

 通勤時間に読んだ本の第1弾は瀬尾 まいこ氏の「僕らのごはんは明日で待ってる」です。氏の作品といえば「天国はまだ遠く」に代表されるように、登場人物がちょっとトボけた味を出しつつも、それでいてしっかりと人と人が向かいあっている関係が感じられる作品が多い。今作もその持ち味が存分に発揮された作品でした。
 高校生の葉山亮太は中学生の時に兄を病気で失ってから、自分の殻に閉じこもって誰との関係も築かず高校生活を送っていました。そんな彼に体育祭で同じ競技で参加することになった上村小春が声をかけてきます。練習を重ねるうちに少しずつ打ち解けてきた亮太でしたが、小春は突然驚きの言葉を彼に告げるのでした。


トボけたやり取りでもしっかりと向かい合っている、そんな関係が羨ましい。

 最初に述べた通り、私が氏の作品が好きなのはどこかトボけたやり取りなのに、相手と自分に真摯に向き合うという関係が感じられるところです。文章の表面だけを見ているとただの漫才のようにも思えますが、小気味よいやり取りをしている中でだんだん相手を思いやる姿が見えてきます。こんな関係、正直言って羨ましいなあ。
 久しぶりにストレスを感じない、ほっこりした作品に出会いました。

2016.07.31

プロジェクトX「振子気動車に懸けた男たち」

 今日はちょっと傾向の違う本について書きます。書名は「振子気動車に懸けた男たち」で、サブタイトルは「JR四国 2000系開発秘話」です。私のサイトでもmobilityでたびたび紹介している「JR四国 2000系気動車」の企画、開発そして現状について書かれています。
 2000系気動車は1989年に試作車がデビューした世界初の制御付振子搭載のディーゼル車。分割民営化された中で最も経営基盤が脆弱とされたJR四国が、整備の進む高速道に乗客を奪われないよう、命運を賭けた車両です。少子高齢化が進む中、鉄道を残すには「高速化」が不可欠だったものの、四国の厳しい地形はそれを阻むものでした。それを解決すべくカーブを高速で駆け抜け、急勾配をパワフルに登坂できる新世代の気動車が必要だったのです。


登場から27年、その魅力は未だ色褪せていません。

 本書では「どうやってJR四国が生き残っていくのか」から議論が始まり、それがやがて新型気動車に結実していく過程を順に振り返っています。まさに以前NHKでやっていた「プロジェクトX」に取り上げられてもおかしくないほどのテーマです。現に日本機械学会賞、ローレル賞などを受賞し、その取り組みは(玄人の人々に)大いに評価されているのです。
 でも何よりすばらしいのは、この2000系が未だに大勢の乗客を乗せて現役で走り続けていること。その裏には保線やメンテナンスなど、欠くことの出来ない細かな努力の積み重ねの上に成り立っているはずです。

2016.06.05

過去と未来の邂逅「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」

 SFC修行で持参したのが七月 隆文「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」です。那覇から羽田を往復する間に読み切りました。読むのが初めての作家でもあり、表現の観点からもちょっと楽しみにしていました。
 主人公は京都に住む美大生、南山高寿。彼はある日大学に向かう電車の中で美少女に一目惚れをしてしまいます。思いきって声をかけ、彼女と話をすることに成功。美容師の専門学校に通っているという福寿愛美は彼の告白を受け入れて、二人は付き合うことになります。会うたびに彼女が「理想の恋人」であることを確信していく高寿でしたが、実はそれには大きな秘密があったのです。


うーん、ちょっとご都合主義が見られるのが惜しい。

 アイデアとしては面白いのですが、いささかご都合主義に囚われている感があります。未来からのベクトルと過去からのベクトルの交差というのはわかりますが、それがまっすぐにならないのに違和感があります。
 一方、高寿の目から描いたシーンは「恋の始まりのドキドキ」をよく現されていると思います。これがあるから後半の展開が切なく感じられるわけで、起承転結の「転」までがハイライトと言えるでしょう。

2016.05.14

実と虚の境目がわからない「海賊とよばれた男(上)(下)」

 片道5時間半の列車での出張。読書の面から見るとこれを活かさない手はありませんね。このような時のためにとっておいた長編を読み切りました。作品は百田 尚樹の「海賊とよばれた男(上)(下)」です。
 明治生まれの辣腕経営者、国岡鐡造。彼と彼の会社は太平洋戦争ですべてを失うも、日本を復興させるために驚異的な仕事ぶりで立ち直りを見せていきます。福岡から神戸に出て、そして門司で会社を創業。世間より早く石油に着目してその広がりに乗り成功をつかんでいきます。それを阻止しようと同業者から様々な権謀にさらされるも怯まず、自らの経営理念を押し通し、彼らは道を切り開いていくのでした。その果てにあるものは?


硬派な経営者を描く小説。どこまでが真実で、どこからが虚構か?

 この作品のモデルは出光興産ですね。ここまで明快なら小説ではなくノンフィクションにした方が良かったようにも思えますが、そうしなかったのは何か狙いがあったんでしょうか。
  さて、この時期の人物にはやはり気骨のある人が多かったという印象が残ります。少々のことでは動じず、一本筋が通っている。人物で言えば以前読んだ経団連会長の石坂泰三やヤンマー創業者の山岡孫吉などを思い起こさせるものでした。

2016.05.01

”2”のジンクスに嵌まった?「いとみち 二の糸」

 越谷 オサムの「いとみち 二の糸」を読み終えました。この作品は2014年に読んだ「いとみち」の続編です。「萌え記号の詰め合わせ。背がちっちゃくて黒髪ロングでメイド服で貧乳で泣き虫でドジッ娘で方言スピーカーで、おまけに和楽器奏者」である高校生の相馬いと。本作では高校2年生となり、前作からの登場人物はほぼ続投。さらに新たな登場人物が加わり、東北はまた熱く燃えるのであった...(違)。
 激しい人見知りを克服しようと、週末は青森のメイドカフェでバイトに励む相馬いと。彼女も2年生に進級し、親友の早苗とカメラ同好会を結成。そこに加わったのが中学まで相撲をやっていた新入生。さらに写真部の顧問には驚きの人物が。バイト先の事情もからみあって大混乱。さて、どうなる?


面白キャラが乱舞しています。

 2作目も楽しく読めました。ページを開いた瞬間、止まっていた二年間が再び動き出す、そんな感じです。いとのキャラクターも少しずつではありますが成長中。さらには気になる新たな登場人物も現れて波乱の予感。でも、それが盛り上がる前に終わってしまったというのが今作でしょうか。
 こうなったからには高校3年生まで描いて欲しいもの。楽しみにしてますよ。

2016.04.03

嫌悪感の残った「すべて真夜中の恋人たち」

 日本への帰国・出国便の中で読んだ小説が川上 未映子「すべて真夜中の恋人たち」です。氏の小説を読むのは確か二度目のはず。最初の「ヘヴン」はあまり良い印象を持たなかったのですが、今作は?
 人とのコミュニケーションが苦手なフリーランスの校閲者である「わたし」。過去の経験から少し変わった行動をする彼女には、友人と呼べる人はほとんどいません。例外は同じ年齢の担当編集者である石川聖。人との関わりを極力避けるように静かな日々が流れる中、彼女はカルチャーセンターで高校教師であるという三束さんと出会います。「光」をキーワードにゆっくりと近づいていく二人。その思いの結末は...?


最後の終わり方は「なんだそれ?」という印象。

 もともと雰囲気が暗く、ちょっと変わったクセのある主人公でしたが、妙に生々しい描写もあってちょっと引いてしまいました。ただ、石川が自分の考えを「わたし」にぶつけるところはかなり衝撃的。そういう伏線だったのか。一方結末としては「なんだそれ?」という感じで、私は結局何も読み取ることが出来なかった、ということのようです。

2016.03.13

あ、そういうこと?「快挙」

 春の屋外読書シリーズ第2弾は白石 一文著「快挙」です。氏の作品は共感できるものが多い一方で、意味の判らない迷作があるのも一つの特徴。さて今作はどっちだ...?
 舞台は東京から。カメラマン志望の俊彦は被写体を探して迷い込んだ月島で運命の出会いをします。小料理屋のみすみと知り合いになった彼はその雰囲気にひかれ、すぐに夫婦になります。しかし、二人の前には数々の苦難が待っていました。もう少しで上手くいきそうなところで運命のいたずらで歯車が狂ってしまう。やがてすれ違いようになっていく二人の行く末は?


意外なほどにあっさりとした終わり方でした。

 正直、本の裏の紹介文とタイトル「快挙」が全く結びつかなかったのですが、読み終わって納得しました。ああ、そういうことだったのかと。
  夫婦ってもともとは他人じゃないですか。でもその結びつきは脆いようで強い一面もある。そんな微妙な関係をよく表しているように思います。でもきっと人それぞれですよね。

2016.03.06

何となくすっきりしない「海の見える街」

 屋外読書の対象に選んだのは畑野 智美「海の見える街」です。私にとっては初めて読む作家の作品、カバーの絵も仕事柄微笑ましく思えたのが本屋で手に取った理由です。
 作品の舞台は海の近くの丘の上にある文化センター。中には図書館と児童館があって、そこで働く男女4人の群像劇です。図書館の中堅司書である本田さん、その後輩で彼を慕う日野さん。本田と同期で児童館で働く松田さん。そこに産休の代理でやってきた派遣社員の春香がやってきたところから物語が始まります。それぞれに過去にトラウマを抱えた4人でしたが、すれ違いやそれぞれの想いをぶつけ合ううちに、派遣期間が終わりを迎えることに...。


最初はコメディかと思いましたが、徐々にシリアスさが増していき...?

 面白かったんですけど、ちょっと意外な終わり方でした。特に登場人物の一人の謎が明かされないまま終わってしまったので、なんだかもやっとした感じが抜けきりません。
 また、最初はまるでコメディのような展開で「今どきの軽さ」が見られたんですが、後半ではどんどん重くなってしまって、なんだか変化についていけなかった感じです。もう少し展開にメリハリがつくか、もう1章あればずいぶん印象が変わったような気がします。

2016.02.13

さ、読むぞー

 一時帰国の間に読書用の文庫本を購入、その数5作品6冊。さ、読むぞー。


...たまらなきゃいいけど。

2016.01.24

久しぶりの再読「花の降る午後」

 iBooks Storeで見つけた作品が宮本 輝の「花の降る午後」です。実はこの作品を最初に読んだのは学生時代。舞台が神戸ということもあって、地理的親近感からも夢中になって読んだ覚えがあります。主人公は30代半ばの未亡人ということもあり、当時はあまり登場人物へのオーバーラップ感を感じることはなかったのですが、自分も年齢を重ねて見えるものが変わったかどうかを見る機会にもなります。
 舞台は神戸の有名なレストラン「アヴィニヨン」。経営者の典子は30台の若い未亡人でした。そんな彼女の元に夫との想い出のつまった絵の作者であるという青年が現れます。その出会いがやがて燃えるような想いと、レストランを巡る陰謀に立ち向かう強さを彼女にもたらすのでした。


読書の面白さを示してくれた作品の一つです。
(画像に触れると表示が変化します)

 20年ぶりに全編を読み直して、当時と感じるものが変わったかを考えてみました。やはり一番大きいのは「欲求」というキーワードに気づいたことでしょうか。当時の私は人が動くこと自体を理詰めで理解しようとしていた節があったように思います。それが今回は「実行したい」「やりたいと思うからやる」という動機がありえることがわかったからこそ、ストーリー全体がつながって見えたように感じます。
 同じ作品でも、時を経ることで見えてくるものが違うということですね。