2015.12.20

人物を捉えようとした「山本五十六(上)(下)」

 今回は以前に読んで印象に残った作品を紹介します。著者は阿川 弘之「山本五十六(上)(下)」。本年亡くなった作者の代表作でもあります。取り上げているのは太平洋戦争開戦時の旧日本海軍連合艦隊司令長官、山本 五十六です。日露戦争からネイビー・ホリデーの期間を経て日米の緊張が高まり、太平洋戦争に突入。やがて前線に出て東南アジア戦線にて命を落とすまでが、さまざまなエピソードを持って語られています。


有名な人物の光と影、功績だけでは語れません。

 山本五十六というとどうしても英雄的に描かれることが多いですが、私人としての顔や、情に流されたのではと思われるような決断をしてしまう部分、そして意に沿わない者を徹底的に遠ざけるなど、比較的是の部分と否の側面を淡々と描写しているので、英雄譚というものではありません。会社に在籍する者にとっては、反面教師みたいなところも見え隠れします。
 人物は色々な方向から光を当ててみないと、評することは難しいということですね。

2015.11.26

あの作品を意識してしまう「あと少し、もう少し」

 重慶出張に持参した文庫本です。重慶からバンコクまでの帰りの飛行機はデイフライトだったので、読書するには絶好の機会。作品は「天国はまだ遠く」がとても面白かった瀬尾 まいこの新作「あと少し、もう少し」です。今作の舞台は中学駅伝。駅伝の小説といえば三浦 しをん氏の「風が強く吹いている」を思い起こしますが、こちらは教育畑ならではの青春小説としての色が濃く出ているはず。読むのを楽しみにしていました。
 とある田舎町、自身最後となる学校対抗の駅伝レースに臨む陸上部長の桝井は、顧問の交代を知らされます。代わりにやってきたのは場違いな美術教師。それでも彼は持ち前の前向きさを生かし、メンバー集めにかかります。しかし、陸上部以外から集まった面子はそれぞれに一癖ある人物ばかり。果たしてこんな体制で、彼らは県大会に進むことができるのか?


どうしても「風が強く吹いている」と比べてしまいます。

 6区を走るメンバーの事情、思い、背景がオーバーラップしつつ語られて行く展開は見事。ある人物から見た出来事が、他の人物にはこう映るというのが新鮮で面白い。ただ一方で「駅伝」という勝負の部分の描写が淡泊なので、いささか駅伝レースの盛り上がりには欠けるのが惜しい。でもさわやかさは相変わらずです。
 余談ですが、この巻末解説はなんと三浦 しをん氏でした。粋な人選ですね。

2015.10.25

再読を進める

 最近、立て続けにiBooksで電子書籍を購入しています。実はそのほとんどが既読のもの。新しい作品で好みのものがそうそう見つかるわけもなく、そもそも実際の本は一時帰国の際にしか手に入りません。最近会社帰りの渋滞が激しいだけに、できれば何か読みたい...。
 それで思いついたのが、過去に読んで印象に残った作品を読み返すことです。幸い、iBooks Storeでは過去の作品が充実傾向にあるため、今月だけでも5〜6冊ほど気になる作品が上がってきています。


時間をおいて読むことで、新たな気づきは生じるか?

 時間をおいて読み返すことで、新しい気づきが生まれるかもしれません。ぜひこのサイトに載せた感想と比較して、自分の変化も考察してみたいと思っています。

2015.10.25

終盤の展開がすごかった「星に願いを、月に祈りを」

 中村 航の「星に願いを、月に祈りを」を読み終わりました。彼の作品は人を好きになることのすばらしさを描くと同時に、喪失の悲しみを併せて表現するので切なさが染み入ることが多い。今作もその流れにある作品でした。
 小学生のアキオと、上級生の大介と麻里の3人は夏のキャンプの夜、ホタルを探しにバンガローを抜け出し、川へと向かいます。彼らは道に迷う中、偶然持っていたラジオから不思議な放送が聞こえるのに気づきました。中学生になったアキオは再びこの地を訪ね、再び放送を耳にするのですが、そこで驚愕の名前を耳にします。そして大人になった彼らに不思議な出会いが訪れるのでした。


初回読んだ時には混乱してしまいました。

 まさかこう来るとは、というのが率直な印象です。前半2章は単なるイントロダクションだったんですね。ラジオ放送の引用が多く、非常に読みずらかったので序盤は撫でるように読んでいたのですが、その中に隠された伏線に気がつきませんでした。第三章からは舞台がいきなり変わり戸惑いましたが、それ以降は物語が急転し、著者の持ち味が発揮されたストーリーになっていきました。
 構成や展開が練られたいい作品ではあるのですが、惜しむらくは前半のダルさでしょうか。結果的にはちょっといらない情報が多すぎるような気がしています。映像化するとちょうどいい按配になるのかもしれませんが...。

2015.10.04

復活を描いた「ギンカムロ」

 先々週に引き続き読書を楽しんでいます。このページもせめて1ヶ月に一回ぐらいは更新したいので、それぐらいのペースで読んでいきたいですね。一時帰国の時に4〜5冊買っておけばまあつないでいけるでしょうし。
 さて、今回の作品は美奈川 護「ギンカムロ」です。これはカバー絵にもあるように花火の名前。花火職人による工場の復活をかけた物語です。高峰煙火の四代目にあたる昇一は東京でアルバイトで食いつないでいましたが、二代目である祖父から一度戻るように連絡を受けます。そこで待っていたのは祖父に弟子入りした風間絢という女性。謎めいた彼女が気になる昇一でしたが、事故で両親を亡くした彼は確執から彼らとは距離を置こうとします。そんな時に舞い込んだ依頼は、彼の心を揺さぶるのでした。


ちょっとエピソードが足りない気もするが、最後の決意は格好いい。

 昇一の心の変化を縦軸に、風間の過去を横軸にして物語は進んでいきます。謎解きの要素もあってまずまず楽しめましたが、その種明かしにはいささか拍子抜け。クライマックスも盛り上がりに欠ける印象でしたが、最終局にサプライズが待っていて、物語を締めくくってくれました。
 いわゆる業界の裏を舞台に描かれていますが、ディープすぎない掘り下げなので物語がしっかり入ってくるのが好印象です。ただ、主要な登場人物すべてにエピソードがあったわけではないので、そこだけ物足りませんでした。

2015.09.20

秘密は受けつがれてゆく「光」

 夏休みに日本で買ってきた小説を日曜日を一日使って一冊読み切りました。三浦 しをん作の「光」です。
 東京にある美浜島に暮らしていた中学生の信之と美花、そして幼なじみの輔。 ある夜に突然の災害が島を襲い、彼らは島を離れることになります。その最後の夜に事件は起きました。美花を守るために、大きな罪を犯してしまう信之でしたが、それは二人だけの秘密となりました。二十年後、結婚して家庭を持った信之の前に、再び輔が現れます。彼は二人の秘密に関わることをどこからか知り、それを二人にほのめかすのでした。そして、彼のとった行動とは...。


タイトルと内容がいまひとつリンクしていないような...?

 生々しいプロローグから始まり、一見幸せそうだがその中身は薄い関係性を孕んで進む二十年後の物語。そして衝撃の終わり方と、なかなか激しい展開を見せてくれました。が、読み終えて全体を俯瞰すると、何も残っていないという印象が強い。ネタがばれてしまっているだけにミステリーでもないし、作品としてはなんだかすごく中途半端に思えてしまいました。

2015.08.07

終わり方に唖然「火口のふたり」

 iBooks Storeで購入していた白石 一文の「火口のふたり」を高知までの飛行機と、高松に向かう特急列車の中で読み切りました。最初の「一瞬の光」で衝撃を受けて以来、彼の作品はずっと読んできていますが、最近は作品発表のインターバルが短く、私のサイトでも登場の頻度が高い作家です。一方でデビュー作を超えるものにまだ出会えていないのも事実で、この作品はその期待に応えてくれたでしょうか...?
 福岡の実家に戻って来た賢治は、従妹の直子と再会します。彼女は小さい頃に家庭の事情で賢治と一緒に暮らしたことがあり、また学生時代に東京にいた時に近くで面倒を見ていた間柄でした。直子は数日後に結婚を控えていて、賢治をその準備のために引っ張り出します。しかし、彼は彼女の家で封印された記録を見せられ、再び直子との関係を始めてしまうのですが...。

 うーん、今作も期待は叶えられなかったという印象です。最終盤の展開がちょっと突飛で現実感がなかったこともあるでしょうが、「その後どうなるんだ」というのが読者の想像に任されるというレベル以上に「打ち切り」感が強いのです。読ますだけ読ましといて、これはないだろう、というのが正直な気持ち。

2015.07.21

どこに奇跡が?「キャロリング」

 台湾に出張することになり、機内で時間を潰すのにiBooks Storeで電子書籍を購入しました。有川 浩の「キャロリング」です。
 舞台は東京にある小さな子供服メーカー。クリスマスに廃業することを決め、社員たちは後片づけや再就職とそれぞれに動いていました。社員の俊介と柊子は元恋人同士の同僚。辛い過去を持つ俊介は過去のトラウマから彼女との溝を感じ別れていたのです。一方、併設していた学童保育では子供たちが他の施設に移る中、航平だけは海外転勤前の母親の都合もあり最後まで残っていました。両親が離婚しようとしているのをなんとか止めたい航平は、俊介と柊子の協力を得て横浜にいる父親の元に乗り込むのですが、そこから事件は始まるのでした。

 導入部がこれまでの有川作品とはちょっと違った展開で、何となく違ったものが見られそうな展開でした。物語は各登場人物の目線から語られ、それぞれの立場や思いが立体的に示されているものの、それぞれの掘り下げがちょっぴり深みが足りない印象でした。中盤ではやや散漫になってしまったので、終盤どういう展開を見せるか楽しみでした。ドラマ化時の副題が「クリスマスの奇跡」だっただけに驚きの結末を期待したのですが、ちょっと肩透かしを食った気分です。

2015.07.11

不器用だって生きられる!「舟を編む」

 じっくりと新しい本を読むのは、実に半年ぶりです。駐在が決まってからは荷物を増やすわけにはいかなかったので本を買うのは避けていて、これまで読んだ作品を読み返したりをしてきたのですが、やっぱり新鮮さも大切です。ちょうど先月の出張の帰路、成田空港で暇つぶしに本屋に寄ったところ注目していた作家の作品に遭遇したので、二冊ほど購入。機内で読もうと思いましたが、アルコールが入ったので持ち越しに...(笑)。
 そのうちの一冊が三浦 しをん「舟を編む」です。2012年の本屋大賞で評判が良かったのを覚えていて、「文庫化されたらぜひ読もう」と思っていた作品です。
 ある出版社で働く営業部員、馬締光也は引退間際の辞書編集のエキスパート、荒木に引き抜かれて新しい辞書「大渡海」の編集に携わることになります。周囲には日本語研究に情熱を傾ける学者や、軽薄なようでしっかりと仕事をする同僚、そして新たに加わる女性編集者とともに、数々の苦難を乗り越え十数年がかりのプロジェクトが進行。果たして彼らの思いは結実するのか?


評判が良かっただけに楽しみでした。期待に違わぬ面白さです。

 あらすじをこう書くと苦難記のようにも見えますが、実際にはそんなことはなくて、馬締をはじめとした各々の人物の視点を入れることで、それぞれの成長や思いを表したものになっています。それが最終章へ収束して行くのが爽快でした。特に、前半では馬締の初恋模様が語られますが、彼が同じ種類の人種として見える自分としては、全く笑えませんでしたね。むしろ共感してしまったかも?
 「不器用だっていいじゃないか」そう勇気づけてくれる作品でした。